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私のことを「魔女」と呼ぶ向きがあることは知っていた。
とは言えまさか、面とむかって言われたのは一度きり。
小学生だったあの子は、学校で、私のことを聞いたと言った。
「おねえさん、魔法が使えるの?」
こんな田舎に越してきて、近所に歳の近い子なんか一人もいなくて。
きっと退屈だったんだろう。
あの子は、私の家に通ってくるようになった。
あの子の数えきれない「ただいま」と「またね」に、私も数えきれない「おかえり」と「またね」を繰り返した。
幼い子は、やがて十八の春を迎える。
それはこの田舎町では紛うかたなき決別の季節。
高校には電車で通えたって、大学までは通えない。
魔法を使ったのは、あの子のほうだ。
言い残された呪文――ちょっと行って来るね、またね。――は、いまも私を縛っている。
幼いあの子が訪った庭で、同じ花の、同じ木の、世話をして。
あの子がきれいだと言った、また作っといてね、と言った、巴旦杏のシロップを、毎年毎年新しく作って。
シロップの瓶を数えれば、あの子が何年来ていないのかがわかってしまう。
まだ数えきれない年月が経っていないから、瓶の並ぶ棚を一目見れば、わかってしまう。
五個。
五年。
夏が来れば、もう一つ、瓶は増えるだろう。
「ただいま!」
いつか、「魔法が使えるの?」と問われたのと同じ場所から声が降った。
その声の響きを噛みしめる。
強く強く噛みしめないと、揺らぐ心が弾けてしまいそうだ。
ああ、どうしよう。
ふりむいて、すべて、幻だったら。
あの子が、いなかったら。
「おねえさん! ただいま!!」
もう一度降った声に、今度は反射的にふり返った。
「おねえさんどうしたの、泣いてんの? もしかして、感動してる?」
「ちがうちがう。さっき風がすごかったから、石灰が舞い上がっちゃって」
そう言って目元を拭おうとした手を、素早く摑まれた。
「土のついたような手で目なんか触っちゃだめでしょ」
前栽を乗り越えてきたその姿は、六年前と変わらない大きさなのに。
なのに、ぜんぜん違っていて。
なのに、ぜんぜん変わっていない。
「手、洗いに行こうよ。タンサン、買ってきたんだよ。……ねえ、シロップ、作ってくれてた?」
「あるけど……あんな口約束、憶えてたの」
「忘れたことなんかなかったよ。おねえさんも憶えてたんでしょ。同じように庭にいてくれた」
「どうせ、猫の涙みたいな庭だけど、手を入れないわけにはいかないから」
と言えば、あの子はふき出した。
「額(ひたい)、だよ。猫の額。涙は、雀」
「あら、さすが。ちゃんと勉強してきたのね」
「おねえさんが耄碌したんじゃないの?」
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