凍鶴

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「ぼくはちがう」  と言った時、かれらは世にも醜い笑みを見せて、ぼくを仲間だと受け入れた。  かれらが目を向けているのがぼくの背後だとわかって振り向き、背が凍てた。  読めない表情で、きみがそこに立っていた。  全身の血が顔へと集まる。  顔が染まるのがわかる──これはいまさら、きみへの恋のためじゃない。  羞恥だ。  かれらの好奇の目をきみだけに押しつけたことを、きみに知られた。  ぼくは此の期に及んで、自分の醜いふるまいをきみに知られたくなかった。  自分の醜さが恥ずかしくて、顔が熱い。  耳のすぐそばでも脈が打つのがうるさい。  みんなの声が聞こえない。  それでもきっとかれらはきみにまた、ひどい言葉をぶつけたにちがいないと思う。  きみのためにかれらを憎むぼくに、もうそんな資格もない。  かれらは元よりきみにとって敵だっただろう。  だけどぼくはきみの味方みたいにしてそばにいたくせに、裏切った。  きみの噂にのっかって、「ぼくはちがう」なんて。  目の前のきみが、小さく肩をすくめる。  そして、すっと左斜め前に視線を投げる──それがきみのため息をつくやり方だと、ぼくは知っている──。  かれらを──かれらと、ぼくを──かわすように、きみは歩き出す。  逃げ出すという言葉の似合わない、着実な足の運び。  ただきみは先にゆくのだ。  このくだらないところを、きみは、出てゆく。  ぼくの憧れたきみが目の前にいるのに、きみに受け入れられていたはずのぼくは失われてしまった。
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