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何度目かの失恋
俺たちはまるで追いかけっこみたいな『恋』をした。
あいつが恋をして俺が失恋し、俺が恋をしてあいつが失恋をした。
まるで何かから逃げているような、何かを追いかけているようなそんな俺たちの恋は――――――偽物。
*****
ざわざわと騒がしい店内には昔懐かしの歌謡曲なんかもかかっていて、すっかりできあがってしまったおやじたちの煩く騒ぐ声で溢れていた。
金曜日の夜ともなれば大抵の居酒屋はどこも似たようなものだろう。
この店は社会人になり学校という共通の場所を失った俺たちの唯一の溜まり場のようなものだ。
ひょんな事から知り合った気のいい兄ちゃんがこの店の店長で、誘われて一度来てみたら美味しい料理と温かい店の雰囲気に俺たちは一発で気に入った。
毎週のように集まり、酒を飲みながら会社の愚痴や面白かったテレビの話をする。学生だった頃と何も変わらない。そう何も――。
今日は予定になかった集まりで、友人である神楽坂 葉介に呼び出され急遽会社帰りに集まったのだ。
楽しいはずのいつもの集まりとは違い、今俺とあいつは揃って項垂れていた。
「それで?今日はどっちが失恋したの?杉君?それとも和君?え?両方?――それは珍しい……」
『杉君』と呼ばれる俺は杉 徹25歳。『和君』と呼ばれるのは国枝 和成同じく25歳だ。
俺たち三人は中学からの付き合いで、お互いの事をよく知っている。
和が本当は誰を好きで一途に想い続けているかも―――ー。
どっちが失恋したの、なんて言い方をされたけど和が本当はずっと一人の人に失恋し続けている事を――知っている。
相手は俺たちの目の前に座る葉介だ。
その事に気づいたのは高校2年の夏頃で、俺に隠れて二人でこそこそ会っているのを見てしまったのだ。いつも見せないような表情で笑う和を見て俺は二人に声をかける事ができなかった。まるで恋する乙女のように頬をピンク色に染め照れたように笑う和。俺にはアレ以来一度も見せてはくれなかったのに……と胸の奥がズキリと痛んだ。
なぁんだ、と思った。
俺たち三人は仲のいい三人組なんかじゃなくて葉介と和と、おまけの俺だったんだ。
それに気づいて俺は悲しくて虚しくて――、そして自覚した。
面倒見がよく同い年ながら兄貴ポジションの葉介と、人見知りな上に不器用で口下手なせいでツンだと誤解されやすいが本当はすごく心優しい和。俺が傍に居たら二人は俺に気を遣って付き合う事ができない。それなら俺がいなくなればいい。
だから二人と距離を置こうと思った――。というのは半分本当で半分は嘘だ。
俺が二人がいちゃつく姿を見たくなかったんだ。
俺は和の事が好きなんだと自覚して、自覚した途端失恋した。
このまま自分の感情に目を瞑り二人の傍に居続ける事はできなくて、もっともらしい言い訳としてちょうど告白された子と付き合いだした。この気持ちから逃げるように。
名前も知らない子だったけど、俺にとっては和以外の誰と付き合っても同じだったから。
二人に彼女ができた事を報告し、今までみたいにはつるめないと伝えた。二人ともなんともいえない表情で俺を見ていた。和の表情がひどく傷ついて見えたのは俺の願望がそう見せただけだろう。そんな事あり得ないんだから……。
――――これで二人が幸せになれる。
そう思っていたのに、いつまで経っても二人が付き合い始める事はなく、それどころか和は別の子と付き合い始めてしまった。
一体全体どういう事なんだと葉介に詰め寄った。葉介は渋面を作り、「それはこっちのセリフだよ」と言った。
ああ、和が別の恋人を作った事に葉介も傷ついているのか……。そう思うとそれ以上は何も言えなくて、俺は二人の為にと付き合った恋人と別れた。もう必要がなかったから。
彼女は「そう」とだけ言った。元々彼女の方もそんなに好きだったわけではなかったようだ。いつまでたっても手も握らない俺に痺れを切らしていたというのもあるのだろう。それでも彼女には申し訳なかったと今でも思う。気持ちもないのに付き合うべきじゃなかった。
俺は別に男が好きだから女の子である恋人――、いや元・恋人に手を出さなかったわけじゃない。
俺にとって和以外は恋愛の対象にならないのだ。それが男であれ女であれ関係ない。和の事だけが好きで、和の事を考えるだけで胸がドキドキと煩く騒ぐ。――性的興奮も……和にだけだ。
彼女と別れても前みたいに三人でつるむつもりはなかった。なのに葉介に捕まってしまって前みたいな付き合いが始まったのだ。恋人がいるはずの和も特に恋人とのデートで忙しいという事はなく、以前と同じように遊び、いつも三人で一緒に居た。だけど前とは少しだけ違う空気感。
ある日和がぽつりと漏らしたひと言。
「俺も……別れよっかな……」
そのひと言に俺は焦った。今度こそは和と葉介が恋人になるチャンス。
俺は急いで適当な相手と付き合いだしたと嘘をついた。
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