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「なに溜め息吐いてるんすか。俺も手伝いますからさっさと終わらせますよ?折角の金曜日なんだし、この後飲みに行きましょう!」 そう言ってにかっと笑うのは、いつの間に現れたのか後輩の近海 美里(きんかい みさと)だ。 近海はなぜか僕に絡んでくる。最初は色々と面倒をみてやっていたけど、すぐにそんな必要もなくなった。飲み込みは早いしやる事にソツがない。『兄』なんて必要のないタイプだ。 そんな近海が僕なんかに絡む理由が分からない。いつの間にか傍に居て、目が合うとにかっと笑うのだ。今だって頼んでもいないのに当たり前のように僕を助けてくれている。 利用する以外に僕の価値って……? 「――先輩ってさ、不器用っすよね」 隣りでカタカタとびっくりするほど早くキーを打ちながらそんな事を言った。 「それは……初めて言われたよ」 動揺なんか見せない。僕は先輩で僕は長男で……僕は嘘つき。いくらでも自分の心に嘘をつく。 「先輩はよくお兄さんみたいって言われてるみたいっすけど、俺ひとりっ子なんで兄弟とかよく分かんないっす」 だから何だよ。 「たとえ分かっても先輩の事兄貴だなんて思わないっすけど――」 「――――っ!」 僕はいつしか『兄』でいる事が僕の存在理由のような気がしていた。 だから二人(・・)の『兄』であろうとした。そうしたら『恋』なんて関係なかったから。『兄弟』だったら好きになる事なんてあり得なかったから。 対等だったはずなのに僕が自ら兄でいる事を求めた。 ぽろりと涙が零れた。 それを否定されてしまったら僕は……僕はどうしたらいい? 兄でない僕は――――。 「――あーもうっ!」 ひと際大きな打鍵音の後、近海は大きな身体で僕の事を抱きしめた。 何で……? 「先輩の事――こういう意味で見てます……。だから兄貴だなんて思えないって話っすよ……」 「え……?」 僕に恋人がいた事なんて一度もなかった。僕の気持ちが『兄』でいる事だけでは耐えられなくなってついた嘘。『みーちゃん』 近海 美里、偶然にもみーちゃんだ。この大柄な男が『みーちゃん』? なんだか無性に笑いが込み上げてきて、近海の腕の中でくすくすと笑った。 笑っているはずなのに暖かいものが頬を濡らす。それは僕がついた沢山の『嘘』に思えて、『消えてなくなれ』と近海の胸に顔を擦り付けた。 普段の自分なら絶対にしない。誰の兄でもないただの『僕』 こいつといると調子が狂う。 だけどそれがちっとも嫌じゃないから、少し困る。 ――そろそろ僕の報われない想いにお別れする頃なのかもしれない。 「――――僕の恋人は『みーちゃん』だから。近海、お前がみーちゃんになるなら……付き合ってやる」 「はぁ?なんすか?まぁでも呼び方なんて何でもいいっすよ。先輩はそうっすねぇ……『葉介』そう呼ばせてもらってもいいすか?」 「却下」 だってそれは僕の『捨てる想い』だから。これから始めるみーちゃんとの『恋』は別なのがいい。 「えー?まさかの却下……じゃあ――『葉くん』」 その声に背中がぞくりとした。 なんて愛しそうに呼ぶんだ。目を細めみーちゃんの事を見つめる。 僕が僕のままで好きになってもいい相手。兄であろうとしなくていい相手。 僕の理想の『みーちゃん』がすぐ目の前に居た。 「いい……んじゃないかな」 「やたっ」 と小さく聞こえた声に胸が高鳴る。 耳が熱を持ち口元まで勝手に緩んでいって――制御できない。 そんな自分は初めてで、どうしたらいいのか分からない。 でも、別にそれで良いんだって思えた。 みーちゃん(近海)ならどんな僕だって受け入れてくれるって思えたから。 自分の気持ちに素直になってもいいんだ。 僕は温かなみーちゃんの胸に顔を埋め、ふふふと笑った。 -おわり-
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