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キツイ
急いで仕事を終わらせ待ち合わせ場所に行くと、和は先に来ていて無表情で立っていた。
恋人との待ち合わせという雰囲気ではない。だけど、ただの友人だった頃と同じでもなくて、――和の気持ちが分からない。
葉介に言われたからしょうがなくで、やっぱり俺と付き合うだなんて不本意だったのだろうか。
とりあえず付き合って、それでいつもみたいにすぐ別れるのか……?
本当なら幸せいっぱいなはずの恋人との初めてのデート。ずっとずっと好きだった相手との……。
だけど――――無表情の和と不安げな俺と。
複雑だった気持ちはもっと複雑になり、出口の分からない迷路に入り込んでしまったかのようだった。
いや、ぐだぐだ考えていてもしょうがないんだ。和と別れたくなかったら俺が我慢して、目を瞑って、俺が――――。ぐっと一度だけ拳を握り込み色んな想いを飲み込む。
「ごめん。待ったか?」
できるだけ笑顔で。
「いや」
そっけない返事。いつも通りだけど、今はそれがキツイ。
「んでどこ行く?場所決まってる?」
和は無表情のままこくりと頷いた。
「こっち」
それっきり黙ってしまった和に連れられて行った先は、おしゃれなレストランだった。
慣れた様子で店員と話し、予約席に案内される。
その様子にちくりと胸が痛んだ。
やっぱり慣れてる……。あの和が慣れるくらいってどれだけ……。
慣れた様子で俺をエスコートする様はこれまでの和の恋人たちとのアレコレを見せられているようで、料理の味なんか分からなかった。
なぁ、誰と何回ここに来た?
時々ぽそぽそと和が何かを言っていたけど、俺は曖昧に返事をする事くらいしかできなかった。
――――消えてなくなりたい……。
そうして表面上は何事もなく食事が終わりこのまま解散かと思っていたら、和は俺の手を握ると行先を告げる事なくずんずんと歩き出した。
少し歩き見えてきたのは、色とりどりのライトが煌めくお城のような建物。
――ラブホ……?
いきなりそんな……。
びっくりし過ぎてどうしていいのか分からずにいる俺の事なんてお構いなしに無言で中に入って行こうとする和。
「ちょ……っ待てってばっ」
「――なんで……?」
俺の静止に不満気に口をへの字にする和。
「なんでって――――。いきなりコレはない、と思うぞ……」
「だって俺たち付き合ってる……」
こうして話してる間にも俺を中に引っ張っていこうとする和。
付き合ったらすぐにお前はこんな場所に来て、あんな事をするのか?
誰とでも何度でも――――。
誰に対して何に対してのものか怒りが俺の中で爆発した。
「おしゃれなレストラン予約して、締めはホテル?なんだよこれ。和は慣れてるんだろうけど、俺は――っ」
あの日調べたデートコースのひとつだった。
おいしい飯を食べてホテルで……っていう。何をしてもどこへ行っても最後はホテル。
そりゃあ俺だってずっと好きだった和とそういう事できるならしたい……。だけど和の慣れた様子は、どうしても今までの恋人たちがちらついて心がざわざわするんだ。こんな風に連れて来られたら俺が思っていた以上に和には経験が……って。
くしゃりと歪む和の顔。
「――それを……杉くんが言うの……っ?俺がどんな気持ちで――っ!」
そう叫ぶと和の瞳からぽろりと涙が零れた。
――え……?
最後に「バカっ!!」と大声で叫ぶと俺を置いて逃げるように走って行く。
俺はただ茫然とそれを見送る事しかできなかった。
ひとりぼっちで立ち尽くす俺を見るラブラブな様子でホテルに入って行く恋人たちの視線が痛かった。
だけど、本当に痛かったのは和を泣かせてしまった事だった。
俺が和を傷つけた……。
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