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恋――って、どんなものだろう。
わけもなくドキドキして、胸がキュッと締め付けられて……。
相手のことを考えるだけで落ち着きをなくし、失敗ばかりを繰り返す。
楽しいことを思い浮かべては口元を綻ばせ、そうかと思えば悲しい結末を想像して嗚咽を噛み殺すように肩を震わせる。
男女の性別の他に制定された第二の性――α、β、Ω。
それぞれの特性をもって頭で考える前に本能が導き、目が合った瞬間に惹かれあい結ばれることが当たり前になった昨今。獣のように交わりながら、相手のうなじに所有の噛み痕を残すことで番が成立する。
そんな衝動的な行為で生涯を共にする相手を見つけるなんてバ|カげている。でも――それ以外の方法が見つからない。
出逢った相手と、時間をかけていろんな経験を積み重ねていきながら恋を育んでいきたい。
時代錯誤だと笑われても仕方がない。だって……そうすることしか出来ないから。
稲月貴滉は、スマートフォンの画面をタップすると小さくため息をついた。
恋とは――相手のことを好きだと感じ、大切に思ったり一緒にいたいと思う感情。
検索結果を見つめながら、貴滉は今まで恋をしていなかったことに気付いた。
誰とも付き合ったことはない――というと嘘になる。学生時代はそれなりに彼女も彼氏もいた。でも、体の関係はまったくなかった。貴滉はそういったセック|スを何より嫌っていた。それだけでなく、相手を好きだという感情も持てなかった。
そのくせ常に受け身で「つきあって欲しい」と言われれば、流れに身を任せるばかりの日々。声をかけてくる者たちも、恋人ではなく何でも分かり合える親しい友人として、あえて貴滉を選んでいたのかもしれない。
衝動的で短絡的な本能での交わりを嫌う理由――それは貴滉が普通のΩ性ではないという理由からだった。
別れる時も後腐れなく、妊娠だの番だのという面倒なこともない。それは……恋じゃなかった。
貴滉はふっと何かを思い立ったように、スマートフォンの画面から顔を上げた。
本能じゃなく心で、感情で恋がしたい……。
彼を突き動かしたその思いは日ごとに強く、そして確かなものへと変わっていった。
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