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6:鳴らないチャイム
お菓子作りを終えた七幸は、焼き上がったクッキーの粗熱を取りながら、使った道具の後片付けと昼食を摂った。
それから一息吐くと、出来たばかりのクッキーを数枚、透明な小袋に入れて可愛くラッピングしていく。
昨日、ハローワークへ行った帰りに、クッキーの材料を買うついでと、百円ショップで袋やリボンを買っておいた。
男の子だからと青をベースに、空祈の瞳の色でもあるゴールドの線が入ったリボンを袋の口に結びつければ完成だ。
「よし、いこう」
クッキーが割れないように、他の荷物と一緒にトートバッグの中へ入れた七幸は、アパートを出発して公園へ向かう。
道中考えることは、もっぱら空祈のこと。
週末だし、もしかしたら家族で遠出をしているかもしれない。
もしそうだとしても、クッキーは自分が食べればいいだけだ。
あの子の眩しい笑顔が見れないのは、正直言って少し寂しい。
けれど、自分の感情より、空祈が両親と一緒に過ごし笑ってくれている方が嬉しいと思わずにはいられなかった。
「うーん……やっぱり居ない、か」
家から歩いて十分。もう何度も来たことがある公園内を覗いてみたものの、目的の少年は見つからなかった。
日本人離れした特徴的な見た目は、正直少し離れた場所からでも見つけられる程目立つ。
なのに、公園の入り口から何度敷地内を見回しても、目的の白を見つけることは出来なかった。
七幸の視線がとらえるのは、家族連れで遊びに来た他の子供たちばかり。
これまで、あまり聞いたことが無い賑やかな声が、ひっきりなしに七幸の耳へ届いた。
(どうしようかな……)
公園に出入りする人や、道を行きかう人たち。
彼らの邪魔にならない場所へ移動した七幸は、これからのことを考えていく。
このまま家に帰るか、それとも、せっかく外に出たんだから近所のスーパーにでも寄ってみるか。
頭の中にいくつか選択肢が出るものの、どれもピンとくるものがない。
「そうだ、もしかして!」
元々約束をしていたわけじゃない。だから会えなくて当然と思っていても、実際会えないとなると寂しいもの。
なんて未練がましく頭を悩ませること数分。七幸は名案を思い付き、足早に公園を立ち去った。
(いるといいんだけど……)
顔に不安の色を残したまま、七幸が足を止めた場所。
そこは、いつも空祈と遊んだあと、彼を送り届ける一軒家の前だ。
流石に自宅まで押しかけるのはどうかと、正直迷った。
だけど、未だ空祈の両親に挨拶していない事実に気づいてしまった。
まだ小さい息子が、見ず知らずの女性と一緒にいるのは、両親にとって不安しか無いはず。
だったらこの機会に挨拶をしてしまえと、彼女にしては珍しく勢い任せな行動をしていた。
「……あれ?」
玄関前で何度か深呼吸をし、意を決してチャイムを鳴らす。
だけど、ピンポーンという独特な呼び出し音はいくら待っても七幸の耳へ届かない。
割と古めかしい外観の家だ。もしかしたらチャイムが壊れているのかもしれない。
それか、最初に考えた通り、家族で出かけ留守にしているか。
家に誰も居ないのなら諦めるしかないと思いつつ、七幸はコンコンと家のドアをノックし「すみませーん」と、声を上げた。
(やっぱりお留守かな……)
それから、少し間を置いて、二、三度チャイムを鳴らしたり、ドアをノックしたものの、誰かが出てくる気配は無い。
これは本当に外出中なのだと結論づけた七幸は、残念だと肩を落としながら家へ帰るため空祈の家を出て歩き出す。
その時――。
「あのぉ……そちらのお家に、何か御用ですか?」
「へっ?」
遠慮がちにかけられた声につられて、足元を見つめていた目線を上げる。
すると、間抜けな声を出す七幸の瞳に、どこか怪訝そうな表情を浮かべる女性が映り込んだ。
買い物帰りのお隣さんなのか、女性は荷物で膨らんだエコバックを手に、左隣の家の玄関先に立って七幸を見つめている。
「こちらの住んでいるお子さんに用があって。でもお留守みたいですね」
なんて言いながら、眉を下げて「お出かけかな」と七幸は言葉を返す。
すると不思議なことに、声をかけてくれた女性の表情はますます険しいものへ変わっていった。
「そこのお家は、誰も住んでいませんよ。数年前から空き家ですから」
(……えっ)
女性の口から告げられた衝撃の事実に、七幸は不意を突かれしばし言葉を失った。
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