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10:ごめんなさい
あれから一週間が過ぎた。
不思議な出会いがあった週末が明けてから、また七幸は就職活動に精を出している。
けれど、彼女のやる気とは裏腹に、なかなか次の就職先は決まらない。
ここだと思って履歴書を書いて連絡を取れば、すでに別の人間が内定を貰っていたり。
面接で好感触を得られたと思っても、不採用の連絡がきたり。
踏んだり蹴ったりな数日間を過ごしているうちに、気づけばまた週末になっていた。
「なゆきーっ!」
土曜の昼下がり。連日の連敗記録更新に酷く落ち込んだ七幸の足は、気づくとあの公園へ向かっていた。
自分のそばを通り過ぎる人たちの邪魔にならないよう、出来るだけ歩道の端を歩いていれば、自分を呼ぶ幼い声が聞こえてきた。
最近になって聞き馴染んできたそれに、半分条件反射のような状態で足元へ向けていた視線を顔ごと上げる。
すると、公園内から自分の方へ向かい笑顔で走ってくる空祈の姿を見つけた。
久しぶりの再会を果たした二人は、いつものようにベンチに並んで座り、最近あったことなどをお互いに報告しあった。
空祈からの近況報告を聞けば、先週末は家族で他県へ旅行に行っていたらしい。
「なゆきにお土産買ってきたんだ。次、いつ来る? 僕、その時持ってくるから」
笑顔を浮かべて、世界的に有名なマスコットキャラのご当地限定ストラップを買ったとも教えてくれた。
まさか自分へのお土産があるなんて思わなかった七幸は、しばらく驚いた後に心の底から湧き上がる嬉しさを隠さず微笑む。
小さな友達へ「ありがとう」と言えば、より口角が上がっていく。
目の前でニコニコと話す空祈の顔にもより一層明るさを増した笑みが浮かんだ。
「ねえ空祈くん。今日は……本当のお家、教えてもらえるかな?」
たくさん話をして、ほんの少し空祈をブランコに乗せて遊んだ後。
そろそろ帰ると言う空祈の目の前にしゃがんで、小さな彼と視線を合わせた七幸が口を開いた。
「……?」
これまでの帰り際と違う七幸の様子に、空祈はキョトンと首を傾げる。
もしかしたら“本当のお家”という表現がわからないのかもと、しばらく頭の中で良い言い回しはないか考えた。
散々悩んだ末、七幸は一つの結論を出す。
それは、嘘偽りない真実と謝罪を“大切な友達”に伝えること。
「この前……お休みの日にね。私、空祈くんに会いたくて、お家に行ったの」
七幸は一つ一つ順序立てて、あの日のことを空祈へ説明した。
自分が作ったお菓子を食べてもらいたくて、最初は公園に来たこと。
空祈が居なかったため、自宅にならいるかもしれないと思い、お菓子を渡すだけと行き先を変えたこと。
家の前に着いてチャイムを鳴らし、しばらく待ってみたけど反応がなかったこと。
そして、隣人の女性に話しかけられ、空き家だと告げられたこと。
「勝手にお家に行って、ごめんなさい」
勝手なことをして申し訳なかったと、七幸は真摯に空祈と向き合い、頭を下げた。
あの日から何度も考えていた。
誰も住んでいない空き家を“自宅”と偽るこの子の気持ちを。
まだ幼稚園児くらいの子が、そんな嘘を吐くなんて、絶対理由があるはず。
その可能性について、ここ数日で気づくことが出来た。
もしもこの気持ちを、空祈の家へ向かう前に抱けていたら、どんなに良かっただろう。
そんな“絶対に訪れないIF”を、同時に彼女は望んでしまう。
自分だけの秘密を知られて、この子は泣くだろうか。それとも怒るだろうか。
(……あれ?)
少し離れた所から、楽しげな親子の会話が聞こえてくる。左から右へ流れていく音に、公園脇の道を歩いているからかもと、七幸は頭の片隅で考えた。
同時に、いつまでも目の前にいるはずの彼が何も言わないことも気になってくる。
「――ごふっ!!」
自分は何か、やらかしてしまったのかも。
なんてことを考えた直後、お腹のあたりに強い衝撃とぬくもりを感じ、口から言葉にならない声が飛び出す。
頭を下げた瞬間、無意識に目を瞑ってしまったせいで、自分の身に何が起きたのか、七幸はすぐ理解出来なかった。
だけど、衝撃の反動か瞑っていたはずの瞳は開き、視界に白くて小さい頭が見えた。
「……グスッ」
彼女が、自分の身に受けた衝撃の理由を知ったのは、足元からかすかに聞こえる鼻をすする音。
そして――。
「ご、め、んな、ざああいっ!」
感情が爆発したような泣き声が聞こえたせいかもしれない。
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