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11:寂しくて悲しい嘘
今公園の中にいるのは、七幸と空祈の二人だけだ。
辺りを見回しても、他に人影は見当たらない。
入口に面した歩道を歩く人の姿は、時間帯的なものかまばらで、二人の様子を特に気にする人は居ない。
なんて、人目があまり無い状況も現状悪化の原因になったのかもしれない。
一度決壊した空祈の涙は、数分経っても止まる気配すら見せなかった。
「空祈君っ、泣かないで! 私、全然怒ってないよ?」
そんな様子を目の当たりにしたせいか、酷く狼狽えた七幸は、慌てて小さな友達を抱きかかえた。
こんな状況で帰れるわけもなく、慌ただしくブランコのそばからベンチへ逆戻りだ。
空祈を抱えたまま座り直した七幸は、ポンポンと小さな背中を叩いて、落ち着かせようと何度も声をかけていく。
「グスッ、ひっく……うええん」
けれど、声掛けが逆効果になっているのか、空祈は愚図るばかりで一向に泣き止む様子は無かった。
しばらくの間、ポンポンと一定のリズムで幼い背中を叩いたり、さすったり、時折話しかけたりと七幸の奮闘は続く。
その姿を傍から見れば、愚図る息子を宥める母親そのものだ。
けれど、それを指摘する人影はどこにも無い。
自分の声と腕の中に居る幼児の泣き声だけが、七幸の耳へダイレクトに届く。
(……不思議な感じがする)
周りの音よりも、無自覚なのか自分たちの声にばかり意識が向いてしまう。
そのせいか、ほんのひと時だけ、七幸は小さな友達と二人きりの空間に閉じ込められたような感覚に陥る。
それは決して気分が悪くなるようなものじゃなく、どちらかと言えば心がふわりと軽くなる心地良さすら感じるものに思えた。
そこから更に数分が過ぎ、徐々に腕の中で泣きじゃくっていた空祈の様子が変わっていく。
根気強く優しい声掛けを心掛けたお陰か、泣き声が落ち着いてきたようだ。
散々泣いたせいで、もしかしたら脱水症状になっているかもしれない。
水分補給のために、近くの自販機で、二人分のジュースを買ってあげよう。
「……ち、ね」
「……?」
手の動きはそのままに考えごとをしていれば、胸のあたりからボソリと声が聞こえて来た。
不思議に思い、あまり泣いているところを見るのは悪いかと、意識して空を見上げていた視線を、ゆっくり胸元へ戻す。
すると空祈は、七幸の胸元に顔を押し付けたまま、くぐもった声で“嘘を吐いた理由”を話してくれた。
「おう、ち、ね……じぃちゃのっ」
グスグスと鼻を啜りながら、幼い口調で吐き出される細切れな言葉を一つ一つ繋ぐ。
そのまま繋いだ言葉を頭の中で整理すれば、空祈の気持ちや、彼の家庭のことがほんの少しわかった。
あの空き家は、父方か母方かまでは聞けなかったけれど、元々お爺ちゃんの家らしい。
その祖父があの家に住んでいたのは、ついこの前隣人の女性から聞いたように数年前までらしい。
介護施設へ入所してからは、すっかり空き家になっているそうだ。
そんな状態の祖父に空祈が実際会ったのは、介護施設がほとんどと、幼い口調で彼は一生懸命教えてくれた。
「じーちゃんと、ばあちゃん……いっぱい居るとこ」
そう言って、自分の祖父以外の入居者たちとも、何度か遊んだり話をしたことがあると空祈は話してくれる。
だけど一年ほど前に、彼の祖父は亡くなってしまったらしい。
(……あれ?)
一生懸命話す空祈の言葉に、うんうんと相づちを打って耳を傾けていれば、ふとある疑問が頭の中に浮かんだ。
「空祈君」
「……?」
「空祈君は、どうしてお爺ちゃんのお家を知ってるの? お爺ちゃんと会っていたのは、人がいっぱいいる所、なんだよね?」
子供にこんなことを聞いて分かるだろうかと、若干の不安を抱きながら、七幸は出来る限り言葉を砕いて質問を投げかけていく。
ほとんど施設で会っていた祖父の家に、彼が今でも執着する理由は何だろう。
不意に頭の中に浮かんだ疑問を、尋ねずにはいられなかった。
「お母さんがね、言ってたんだ。お家の前を通るといつも、“ここがじいちゃんのお家だよー”って」
そう言って、何かを懐かしむように細められた幼い目元。
彼の顔に、ほんのかすかに浮かぶ悲しげな色に気づいた七幸は、何も言葉を返さず、そっと腕の中にいる幼い存在を抱きしめる。
きっとこの子は全部わかっているんだ。
公園から二人で帰る時、いつも七幸に送られて向かう場所に誰もいないことも。
それを理解して尚、「ここが家だよ」と笑顔を浮かべる自分の言動が、とてつもなく空しいことも。
――すべてを理解して、彼は寂しくて悲しい嘘を吐いていた。
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