12:送り先は第三者の居場所

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12:送り先は第三者の居場所

 ぽつりぽつりと、空祈が話すお爺ちゃんとの思い出に、七幸が耳を傾ける。  時々思い浮かんだ質問を、落ち着きを取り戻し始めた友達に聞いてみる。  なんてことをくり返していれば、時間なんてあっという間に過ぎていく。  気づいた頃にはもう、空祈が泣き出してから、かれこれ三十分が経っていた。 「そう言えばっ! ね、ねぇ空祈くん。お爺ちゃんのお家に行った後はどうしてたの? お母さんやお父さんが、迎えに来てくれた?」  不意に、あることに対する疑念と不安を抱いた七幸は、少しだけ早口で、腕の中に居る存在へ質問をぶつけた。  これまで、あの家を空祈の実家と認識していたせいで、彼を家のそばまで送り届け「ありがとう。もう大丈夫」と言われるまま別れた後、自分の家へ帰ったのは一度や二度じゃない。  だけどあの家は、空祈の本当の家ではなかった。  それなら自分と別れた後、この子はどうやって実の家へ帰ったのだろう。  不安と若干の恐怖を抱くあまり、頭の中に浮かんだ疑問から目を背けるなんて、到底七幸には出来なかった。 「これっ!」  まだ幼い子を一人にしてしまった罪悪感に打ちひしがれる彼女の気持ちを知ってか知らずか、空祈は上着の左右についたポケットの片方からあるモノを取り出した。 (キッズ、携帯?)  てっきり、家から持って来たお菓子や、子供ならではの宝物――拾った石が入っているせいで膨らんでいたと思っていた。  けれど視線の先にある膨らみの原因は違う所にあった。  まだ子供特有の膨らみがわずかに残る手は、子供に防犯用として親が持たせることも多いと聞くモノが握られている。 「その携帯で、お母さんに連絡するの?」 「んーん。しおんに電話するー」  自慢のアイテムを見せびらかす子供のように、フンフンと、若干のドヤ顔で空祈は鼻息荒く、七幸が求めていただろう答えを教えてくれる。 (シ、オン……さん?)  お父さんでもお母さんでもない、新たな人物の名前が聞こえ、七幸の脳内は新しい疑問で埋め尽くされた。  その後、空祈と手を繋いで自販機の前へ向かった七幸は、ペットボトルのオレンジジュースを二人分買った。  ひとまず水分補給にと、空祈のジュースのキャップを開けてやり、ジュースを美味しそうに飲む姿を見守る。  小さな両手でギュッとボトルを持って飲もうとする様子は、どこか危なっかしくてついついその場にしゃがみ、容器を支え手助けをしてしまったのは仕方ない。  こういう年頃の子は「一人で出来る!」と主張するかと思ったけれど、七幸が手を出しても文句を言わず、逆に「なゆき、ありがと!」と太陽のような笑みを浮かべてくれた。 「それじゃあ。ジュースは私のバッグに入れておくから、また飲みたくなったら言ってね?」 「うんっ」  大丈夫と飲み口を口元から離した空祈の言葉に、七幸は受け取ったボトルにキャップを締めながら口を開く。  決して重いものじゃないけれど、子供が移動中持ち歩くなんて邪魔になるだけだ。  しかも特有の高体温のせいでぬるくなるまでの時間が早まる。  その二点を加味して、七幸は飲みかけのボトルを一時預かっておくことにした。  中身が少し減ったそれのバッグにしまうと、蓋部分がひょっこりと飛び出た。  けれどこのくらいはご愛敬と思いつつ、友達を無事送り届けるためのミッションへ頭の中をシフトしていく。  お爺さんの家の件を聞いた手前、今日もあの空き家へ空祈を送り届けるなんて選択肢は、七幸の中からすぐに消えていた。  やっぱり自宅の場所を聞いて送り届け、その後にご両親へ挨拶した方がいいのかもしれない。  なんてことを考えていた矢先、空祈の口から飛び出した“シオン”という人物の名前に、七幸は心の中で「お母さんたちが忙しいから、シオンさんの所へ行くのかな」と、自分なりに納得することにした。  色々と家庭の事情を聞いてしまった手前、これ以上根掘り葉掘り聞くのは、子供相手と言っても躊躇ってしまう。 「空祈くん。今日はお爺ちゃんのお家じゃなくて、さっき言ってた……シオンさん、が居る所に送っていってあげたいんだけど……いいかな?」  ジュースを飲んでご機嫌な空祈から「なゆきも、ジュース飲んで!」と言われ、素直にもう一本のジュースを開けて二、三口飲んでいく。  しっかり喉を潤した後、キャップを締めながらコテンと首を傾げてお願いをしてみた。  彼なりに思う所があって、嘘を吐いていたはず。なので、このお願いは聞き入れてもらえるだろうかと若干の不安を抱きながら、目の前にたたずむ幼い顔を見つめる。 「なゆきは、しおんに逢いたい?」 「え? う、うんっ! 会いたいなー。空祈くんとお友達になりましたって、伝えたいなー」  すると、質問には質問でとばかりに、こちらとは逆方向へコテンと小首を傾げられてしまった。  その可愛さに悶えたい気持ちを押し殺し、七幸はウンウンと頷いて、少しばかりテンション高く返事をした。  こうなったら、両親には無理でも大人だろう“シオンさん”なる人物に、自分を認識してもらった方がいいはずだ。  現在求職中の身では、真っ当な大人とは言いづらいかもしれないけれど、目の前にいる可愛らしい友達を害さない存在だと認めてもらいたい。  そんな思いで頷いてみせれば、ジッとこちらを見つめていた空祈の瞳が、不意にニンマリと弧を描く。 「そっかー。なゆきは、しおんに逢いたいのかー」  ――ニコニコ、ニコニコ。  小さな両手を伸ばして、クフクフと笑う口元を隠したかと思えば、ユラユラと身体を揺らし始める。  普段の会話の流れで、こんなアクションを起こす空祈を見たら、素直に「可愛いな」と撫でていたかもしれない。  だけど今は、ほんの少しだけニュアンスが違う気がする。  シオンという人に会って話したいのは本心だ。けれど、七幸の思う“会いたい”と、空祈の口から出た“逢いたい”は、同音異義な雰囲気が漂っている気がしてならない。  真意を確かめようにも、相手は子供だからと七幸は額に手を当て、小さくため息を吐く。  その目の前で、未だに空祈は「えへへ」と笑みを絶やさず身体をくねらせている。  ――そんなに逢いたいって言うのなら、案内してあげてもいいよ?  声にならない幼い副音声が聞こえた気がしたのは、気のせいかどうか神のみぞ知る。
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