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2:他人には見えないモノ
クビを言い渡された翌日。
七幸は昼間から、人気の少ない公園に立ち寄り、一人ポツンとベンチに座っていた。
昨日、不運にも先輩たちの陰口を聞いてしまった彼女は、あれから散々悩み、その日の内に退職しようと決意したのだ。
散々疫病神扱いされているなら、月末まで律儀に居座ることもない。
午前中で、自分が出来る限りの仕事を片付けた七幸は、お昼休憩を貰うとすぐにお昼を食べ、一目散に会社近くのコンビニに駆け込んだ。
そこで茶封筒と便せんを買い、彼女は震える手で退職届を書いた。
午後の始業と共に、それを上司へ提出。一度も使っていない有給を翌日から消化する形にして欲しいと頼み込んだ彼女は荷物をまとめ、一年間必死に働いた会社を去った。
「…………」
視界の端に、母親と一緒にブランコで遊ぶ子供の姿を映しながら、怒涛の一日を振り返りため息を吐く。
生まれてから二十三年。人生初と言ってもいいくらい昨日の自分は行動的だったと、今さらながら驚かされる。
普段の七幸は、問題を起こさず、出来るだけ他人の影に隠れ、ひっそり生きていきたいと思うような人間なのだから。
一夜明けて、晴れて自由の身になったと言っても、何もやる気が湧かず、フラッと散歩ついでに立ち寄った公園で、不毛な時間を過ごす。
失業手当てについて話を聞いたり、次の職探しをしなければならないと、頭ではわかっているのに、すぐに頭を切り替えられない彼女の瞳はどこか虚ろだった。
無意識に俯いていた顔を上げると、さっきまで遊んでいた親子の姿は消え、公園に残っているのは自分一人になっていた。
(まさか……あの人たちも、なのかな?)
数分前、視界の端に映った親子は、もしかしたら幻だったのかもしれない。
そんな想いが、衝動的に頭の中を掠めていくのには、きちんとした理由がある。
――ポワンポワン、ポワンポワン。
公園に着いてからずっと、七幸の目の前を、白い毛羽ついたカタマリがいくつも漂っている。
一瞬、タンポポの綿毛かと勘違いするそれは、花の種でも、ゴミでもないまったく別のモノ。
何度瞬きをしても、目の前で浮遊するそれらは消えず、七幸は小さくため息を吐いた。
「あなたたちのせい、じゃないよね?」
「――っ!」
そのまま彼女の口から、誰に語り掛けるでもない自嘲交りな呟きが零れる。
すると、それを聞いたとばかりに、彼女の目の前に浮遊していた白いカタマリが、我先にと四散していった。
まるで「ボクのせいじゃないよ!」「関係ないよ!」と慌てる動きだ。
一気にひらけた視界に唖然とするしかない七幸は、小さく息を吐いて呼吸を整え、ベンチの背にもたれて空を見上げる。
(まあ……害は無さそうな子たちだったけど)
すっかり見えなくなったカタマリたちの姿を思い返しながら、七幸はそっと目を閉じる。
たった今、自分の声に反応したモノはきっと――妖怪やお化けなどと呼ばれるモノたちに違いない。
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