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3:空を飛ぶ魔法
七幸は生まれつき、他人には見えないモノが見えた。
小さい頃は、どうして自分以外“ソレ”が見えないのか不思議だったが、大きくなるにつれ自分の方が異質な人間だと気づきだす。
彼女にしか見えないモノは、妖怪やお化け、あやかしなど、人間や動物たちとは異なる存在らしい。
事故で亡くなった両親が生きていた頃、よく家に遊びに来る複数の尻尾を持つ猫の絵を描き驚かれたことがあった。
何も無い天井を見つめ“誰か”とお喋りをする娘を見ても怖がらず「今日はどんなお友達が来てるの?」と話を聞いてくれたのだ。
普通じゃない娘を気味悪がらず、優しく接してくれた両親が事故で他界したのは、七幸が小学校に入ってすぐの頃。
親を失った幼い彼女は親戚の家に引き取られ、そこで初めて自分が“変な子”と気づかされた。
「ちょっと、これで何度目!? 寄り道なんかしないで、学校から真っ直ぐ帰ってきなさい!」
「ごめんなさい」
「明日、学校に行かなきゃいけないんだって?」
「そうなのよ……この子、よく怪我して帰ってくるじゃない? それ、私たちのせいじゃないかって、疑われてるみたいで……」
普通なら見えない自分たちを視れる子供の存在は、妖怪たちにとって最高のおもちゃだった。
登下校中、何度も妖怪に転ばされたり、勉強道具を盗まれて追いかけっこをさせられたり、他にも散々な目に遭い、七幸の身体には生傷が絶えなかった。
そんな児童の姿に、学校側は家庭環境に問題があるのかと疑い出し、ただでさえ肩身の狭い思いをしていた七幸を苦しめた。
授業中、突然叫び声を上げて立ち上がる。授業に度々遅刻するなんてことも頻繁で、学校側としても彼女はすっかり問題児扱いされていた。
そんな問題だらけの気味悪い子供の世話はもう出来ない。そう言って、根を上げる親戚中をたらいまわしにされ、七幸は何度も転校を余儀なくされた。
転校問題が落ち着いたのは、七幸が小学校六年生の頃。
遠い親戚の家へ引き取られた彼女は、処世術として自分の特異体質を徹底的に隠して生きる道を選んだ。
それからは、昔より穏やかな日々が過ぎていき、ただでさえ居候する身で申し訳ないと、彼女はバイトに明け暮れ、高校卒業と同時に一人で生きていくため家を出た。
今日までの日々を思い出しながら、ぼんやりと空を見上げる七幸。
大学に入ってからも生活費のためにバイトを掛け持ちして生活し、社会人になって中小企業ながら入社が決まった時は嬉しかった。
そんな会社をクビになり、今の自分は職ナシだ。
両親が健在の頃は明るかった性格も、二人の死をきっかけに一変し、自己主張をしない周囲から暗い子と陰口を叩かれる人間になってしまった。
自分なりに精一杯コミュニケーションを取って、仕事も真面目にしているのに、世の中は何もかも上手くいかないらしい。
「何も……幸せなことなんて、無いよ。お母さん、お父さん」
脳裏に浮かぶおぼろげな両親の笑顔を思い出しながら、目頭を熱くした七幸の視界は、透明な膜によってどんどんぼやけていく。
――たくさんの幸せがおとずれますように。
なんて願いを込めて“七幸”と名付けた。その意味を知ったのは、母親の遺品の中にあった育児日記を見た時。
当時は幸せ半分、切なさ半分の想いを抱いて涙したが、今はただ悲しい涙があふれてくる。
その時、潤んだ視界に空を飛ぶ名も知らない鳥が見えた。
輪郭だけぼんやり見えるそれを目で追いながら、七幸は小さく声を漏らす。
「私も空、飛ぼうかな」
――空を飛んでしまえば、お父さんとお母さんの所へ行けるかな。
ツーっと頬を伝う雫と一緒に、切なる願望が零れ落ちる。
するとしばらくして、そんな彼女の真横へ、タタタッと軽快な足音が近づいてくる。
「お姉さん、魔法が使えるの!?」
「……えっ?」
突然話しかけられたことに驚いて身体を起こし、慌てて声のした方を振り向く。
彼女の視線の先には、きらきら瞳を輝かせながらこちらを見つめる小さな男の子が立っていた。
サラサラと艶のある白銀の髪と、黄金の瞳が印象的な、日本人離れした見た目をしたその子に、七幸は大きな戸惑いを抱いた。
(えっと、この子は……誰?)
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