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5:気分転換は甘くて優しい
七幸が仕事を辞めてから約二週間。
一時は死を望んだ彼女は、今日も無事に太陽の下を歩いている。
公園で空を見上げていた時、彼女の心は空っぽで、本気で両親の元へ行こうとしていた。
そんな七幸を引き留めたのが、偶然出会った少年空祈。
不思議な雰囲気をまとう男の子と出逢った後、なんだか急に死ぬことが怖くなった彼女は、今日も精一杯生きている。
(なかなか、見つからないな……)
もう少しだけ頑張ってみよう。湧きだしたわずかな気力に縋り、彼女は次の仕事を探し続けている。
これまでのお給料から捻出して蓄えたお金はある。だけど、いつまでもそれに頼るわけにもいかない。
一日も早く次の職に就きたいと七幸は頑張っていた。
だけど彼女の想いとは裏腹に、次の勤め先はまだ見つかりそうにない。
「なゆきーっ!」
思い通りにいかない毎日の中で、七幸を癒してくれるのはあの公園で時々会う空祈だ。
もう会う可能性は低いと思っていたのに、ふと仕事探しの帰りに公園を覗くと高確率で彼の姿を見つけてしまう。
空祈も、七幸を見つけるといつも元気に走ってきてくれた。
そのままベンチに座って話したり、遊具を使って遊ぶ空祈を見守ったり。
公園で過ごすほんの少しの時間は、日々淀む七幸の心を癒してくれた。
週末の日曜日。朝食を済ませた七幸は、朝からクッキーを焼いていた。
いつもなら、彼女はこの時間外出している。朝食を食べた後に少しばかり休憩を挟んで、ハローワークへ行っているからだ。
けれど今日は日曜日で、ハローワークもお休み。
数日前に貰った求人情報に載っている仕事先も、週末を休みにしている所ばかりで、求職活動も思うようにいきそうになかった。
求人サイトで新しい情報を探す気にもなれず、何もせずぼんやり過ごす気にもなれない。
そんな七幸が考えたのは、気分転換を兼ねたお菓子作りだった。
オーブンの中でゆっくりきつね色に焼き上がる生地を見つめながら、最近知り合ったばかりの小さな友達を思い出す。
これまで空祈と接してきて、ここ数日、七幸の中にほんの少し不安が芽生え始めた。
それは、空祈の交友関係について。
赤の他人でしかない自分が、口を出すことじゃないのはわかっている。
わかっていても尚心配してしまう理由は、空祈に会う時、いつも独りぼっちで遊ぶ彼を見るからかもしれない。
天真爛漫。まさにそんな言葉が似合う程、自分と接する少年の性格は明るい印象を受けた。
しかも、大人の七幸と会話するテンポも良く、頭の回転が速いこともすぐにわかった。
これだけ聞くと、すぐにたくさん友達が出来そうなタイプの子に思える。
だけど、彼はいつも一人。誰もいない公園にポツンと居て、七幸の姿を見つけると、溢れんばかりの笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。
「空祈君。今日は公園に来てくれるかな」
チン、とオーブンのタイマーが止まった音が聞こえ、七幸はいそいそと右手にミトンを装着し、オーブンを開けた。
わずかな熱気と、甘みとバターの鼻をくすぐる香りを感じた瞬間、頭の中に空祈の笑顔が浮かんだ。
お菓子を作ろうと思い立った理由の半分は、日頃の気分転換を兼ねて。
もう半分は、ついつい心配してしまう小さな友達の笑顔をまた見るためだったりする。
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