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7:気づかれちゃいけない
※薄っすらグロ表現を連想させる文章があります。
何年も空き家で、誰も住んでいない家。
きっとお隣さんからの情報なら、間違いない。そう七幸は思わずにいられなかった。
だけど、公園で空祈と遊んだ後、毎回この場所へ彼を送り届けていた。
今聞いたばかりの情報を、すぐに信じられそうにない。
(でも……)
戸惑いを抱く七幸は、改めて空祈の家へ目を向け、敷地内を見渡す。
言われてみれば、玄関横の地面からはそれなりの背丈にのびた草が生えている。
明らかに、手入れが行き届いていない敷地内の様子は、古めかしいと思っていた彼女の意識を変えた。
いつまでも用の無い場所に居続ける訳にもいかず、ひとまず家へ帰ることにした七幸は、ゆっくりその場から離れた。
家を出て公園を目指していた時の軽やかな足取りは消え、今の足取りは不思議と重たい。
(どうして、嘘なんて。……空祈君の本当の家はどこ?)
彼女の頭の中は、記憶の中にいる子供への疑念でいっぱいだ。
そのうちの一つでも、自分で答えを導き出せたらいいのに。
なんて思っても、何も知らない七幸が正解にたどり着くはずが無い。
そして、唯一答えを知る少年と会えないまま、七幸は自分の足元を見つめ、トボトボと歩き続けた。
「ここ……どこ?」
空祈に教えられた家を出発してから、およそ十分。
自宅アパートを目指して歩いていたはずの七幸は、いつの間にか見覚えのない場所で立ち往生していた。
いい年をした大人なのに、完全に迷子になってしまった。
自分が気付かないうちに道を間違った様で、慌てて辺りを見回しても見覚えのあるものは何も見つからない。
それどころか住宅も見当たらず、まだ夕方には早い時間にも関わらず周囲は薄暗い。
――これは、マズいかもしれない。
七幸の本能が、逃走を促し彼女の脳内で警鐘を鳴らす。
薄暗い静寂のなか、どこか湿っぽい空気が漂う場所。それは、子供の頃嫌と言うほど経験した怖い妖怪と出くわす前兆だ。
このままでは、自分に害をなすバケモノがあらわれるかもしれないと、七幸は焦る気持ちを懸命に堪える。
早くここから離れなきゃと思うのに、久しぶりに感じる恐怖に震える脚は言うことを聞かない。
無理にでも脚を動かそうと、ギュッと握りしめた拳で、七幸は何度も自分の太ももを叩く。
だけど、叩いた部分が痛みと熱を持つだけで、思い通りの結果にはならない。それがまた、七幸の気持ちを焦らせた。
(動け! 動け、動け! 早く……早くしないと、あいつらが)
何度試してもキリがなく、ここは痣が出来るのを覚悟で力任せにやるしかない。
そう思って、七幸が大きく腕を振り上げた時、それはやってきた。
――ズズ……ズズズッ。
「……っ」
何かを引きずるような音が聞こえた。いけないと思っても、反射的に顔を上げた七幸は、次の瞬間目を見開き、思わず息を呑む。
「……あ……ぁっ」
振り上げたはずの腕から力が抜け、ダラっとぶら下がるのと同時に、かすかに開いた口元から言葉にならない声がか細く零れた。
視線の先、数メートル前方にそれはいた。
大きな泥の塊に、瞳と大きな口がついているような見た目。自分たち人間とはかけ離れた妖怪の姿を認識した瞬間、七幸は慌てて自分の口を両手で覆い隠す。
小さいころから、色々と妖怪を見てきた彼女の中には、自分なりの経験則がある。
妖怪の中にも、様々な見た目をした者たちが居て、尻尾が普通のものより多い動物の姿だったり、小さなスライム状のものだったりと、多種多様だ。
害のない子たちに対して、七幸は特別何かを感じたりしない。
可愛い見た目の妖怪には、自分から話しかけることも何度かあった。
そんな中、彼女が本能で危険を感じ取り、気味悪い悪寒に襲われた直後に見た妖怪に対して、絶対に声をかけたり、目を合わせてはいけない。
自分の存在に気付かれてはいけないと、七幸は度重なる経験で学んでいた。
(逃げないと……早くこの場から。音は立てたダメ、気づかれちゃ……ダメっ!)
妖怪を認識した途端、これまで以上に脚の震えが酷くなった。
立っているのがやっとの状態になった七幸に、この場から逃げることは不可能だろう。
そんな彼女が唯一出来る策は、妖怪に自分を認識させないこと。
音を立てず、出来るだけ気配を殺して、決して目を合わせない。
どれか一つでも破ってしまえば、きっとあの妖怪は、自分に襲い掛かってくる。
そして、十中八九――食べられる。
「…………」
スプラッタな未来を想像したせいで、寒気がして気分まで悪くなってきた。
もう立っているのも辛く、カクっと膝から力が抜ける。
その時、無意識に動いた足先が、コツンと道端に落ちていた小石に当たる。
すると、普通なら聞こえないはずのそれに、妖怪は気づいた様で、ギロリと大きな目玉を七幸の方へ向けた。
耳、あったんだ。なんて、意識の中の自分が妙に冷静なツッコミを入れる。
ニヤリと口元を歪めて笑った妖怪は、これまでより移動速度を上げ、確実に七幸の方へ向かい動き出す。
「――っ」
迫りくる妖怪の恐怖に、恵は腰を抜かしてその場に座り込んだ。もう立ち上がる気力など残っていない。
涙がにじむ視界が揺らぐ中、絶望に襲われた彼女は現実から意識を背けようと力いっぱい目を瞑る。
そのまま、遠くない未来に自分を襲うだろう痛みに震えていれば、すぐ近くで自分のものじゃない靴音が聞こえる。
そして――。
「消えろ……雑魚が」
「ぎゃあああ」
どこか冷酷な印象を抱かせる低い男性の声が聞こえ、瞬く間にその声をかき消す断末魔が響き渡った。
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