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水槽を覗き込んでいると、一匹だけ金魚鉢に入れられている事に気がついた。金魚鉢の中でゆっくりと泳ぐ金魚は他の金魚とは違い大きな体と頭をしていて、その姿は不思議なほど優雅だった。
「ねぇ、これも金魚なの?」
そう言って金魚鉢を指差すと男は煙草の火を消して頷いた。
「それは蘭鋳と言って特別に取り寄せた金魚だ。交配が難しく、飼うのも難しい」
「いくら?」
「やめておけ。値が張るし、素人が世話すると一週間も経たずに死ぬさ。家で飼うなら強い和金にしておけ」
男が指差したのはよく見る金魚だった。別に金魚なんてどれでもよかった。それでも私は何故か蘭鋳に心を奪われていた。一匹でゆっくりと泳ぐ姿を見ていると、何と無く心が穏やかになるのを感じたのだ。
「お金はあるわ。ちゃんと世話だってする!」
「ただ餌をやればいいってもんじゃない。世話っていうのは心を込めないと意味がない」
「ちゃんと心を込めて世話するわよ!」
男の言葉にそう言い返すと彼は少し眉をひそめ面倒臭そうな顔をした。私は最後のひと押しで「大切にするから」と両手を合わせてお願いをした。すると金魚屋の男は大げさなため息を吐き、仕方なさそうな顔で私に向かって右手を差し出した。そして「5円だ」と無表情で言い放つ。*5円(2万円)
「5円もするの!?」
「だから値が張ると言っただろう…」
私は金魚と財布の中身を見比べた。父は生活には困らない程度の金をタキ子さんに渡して私の世話を命じている。タキ子さんは余ったそのお金を毎月父には内緒で私にくれていた。高屋敷家には莫大な財産があるというのに私にそれを自由に使うことは許されていない。だからこれは大切なお金だった。
「買わないのか?」
男の問いかけに私は首を横にふった。大切な金だが、私は今まで何一つ自分のために、自分の欲しいものを買ったことがない。どうせ死ぬと言われているのならここでこの金を使ってしまってもバチは当たらないだろう。
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