横濱浪漫話

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「買います」 私は5円を払うともう1円も出し「餌も頂戴」と言った。彼は少し驚いたような顔をして見せたが、何やら手帳のようなものに書きしたためるとそのページを1枚破り、餌の袋と一緒に私に差し出した。 「これは?」 「蘭鋳の飼い方だ。面倒だが餌は一粒づつ与えて、水は二日に一度は変えるんだ。面倒だぞ」 「ありがとう…」 私はその紙を握りしめると彼に頭を下げた。愛想のない男だが悪い人間ではなさそうだ。そもそも悪い人間なら飼うのが面倒な金魚の世話をしてまで売ってはいないだろう。もしかして彼自身がこの金魚を大切に育てていたから売るのが嫌なのかもしれない。いくら売り物だとしても情がわくこともあるだろう。 「あの…」 「まだ何かあるのか?」 男の冷たい声に私は一瞬たじろいだ。呪いを見て欲しいだなんてばかにされるかもしれない。しかし高い金魚を買ったのだ。少しくらい我儘を言っても怒りはしないだろう。いや、でも男の表情はさっきから全く読むことができない。それでもこのまま帰るわけにはいかず、私は勇気を出して男に「祓い師って聞いたんだけど」と言った。 彼は表情を変えずに私をただ静かに見つめている。その目は私の瞳の奥を覗き込み何か探っているような目だった。
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