横濱浪漫話

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******* 金魚屋に出会ってから1ヶ月、私は一日の殆どを蘭鋳に費やして生きていた。毎日一粒ずつ餌を与え、二日に一度は水を変えてやり、ずっと蘭鋳に話しかけて過ごした。 タキ子さんとも口をきかなくなった私のことを屋敷の者は「遂に気が触れた」と言って噂した。別にタキ子さんのことを嫌いになった訳ではない。ただ彼女を見ていると泣き出しそうになるのだ。優しくされると死ぬのが益々怖くなる。 あの金魚屋はだった。本物の祓い師で、この世のものではないものが見えている。あれ以来あの闇を見ることはなかったが、時折背中にあの日と同じ寒気を覚えるようになった。 「私が死んだらタキ子さんにお前のことをお願いするからね。大丈夫。あの人は優しい人だから安心して」 金魚に向かってそう話しかけると金魚は私の言葉が分かるのかこちらを向いて口をパクパクと動かした。その様子が可愛らしくて思わず笑みがこぼれる。今の私はこの金魚だけがこころの拠り所で、癒しだった。 「お前は金魚鉢の中でしか生きられない。この小屋でしか生きられない私と同じね」 そう言って金魚鉢をなぞると急に身体中が痛んだ。 痛みに顔を歪めると金魚は鉢の中で激しく尾びれを動かし、水面から顔を出した。それはまるで私のことを心配している様な姿だ。 近頃は体が痛む頻度が多くなり、まともに起きていられてるのも日に数時間程度になっていた。痛む体を抑える様にして横たわると、急に体が冷えて冷たくなっていく。またあの闇が現れたらどうしよう。そう怯えながら自分の体を抱きしめると悪感が身体中を駆け巡った。
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