横濱浪漫話

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凍える様に体が冷たい。まるで氷の湖に投げ出されたみたいだ。そして氷の刃が肉に突き刺さる様に体が痛んだ。痛みで意識が飛んでいく中で私は自分の名前を呼ぶ声を耳にした。 雲雀。その声は一瞬母の声だとも思ったが、閉じていく瞼の中に映ったのは駆け寄ってくるタキ子さんの姿だった。 失われていく意識の中で私は「母が私の名前を呼ぶはずがない」と思った。物心ついた時から母に名前を呼ばれたことはない。 それでも私は母のことが大好きだった。 一度だけ私は父の目を盗んで母に会いに言ったことがある。母が風邪をひいて熱にうなされていた時のことだ。私は母に会ってはいけないと言われていたがどうしても会いたかった。母が死んでしまうのではないかと心配で心配で、会いに行かずにはいられなかったのだ。 襖の隙間から覗いた母の姿は苦しそうだった。熱が高いのか頬が真っ赤に染まり、意識もうつろだった様に思える。母は襖の隙間からのぞく私に気がつくと手招きをした。そして布団の横に私を座らせると「ごめんね」と呟き、そのまま眠りについた。その時は母私の手を初めて握ってくれた。 あの時の母は意識もはっきりしていなくて熱で夢でも見ている気持ちだったのかもしれない。でももし彼女があれを夢だと思っていても私は涙が出るほど嬉しかった。再び目覚めた母は前と同じで私を「穢れている」と罵ったが、それでも私は構わなかった。
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