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彼は私の枕元に座ると、棚の上の金魚に視線を移した。
「ちゃんと世話をしていたのだな…」
「…えぇ、毎日…欠かさず」
かすれた声でそう答えると金魚屋は私の前髪に触れた。前はあんなに冷たく感じた彼の手が今はとても暖かく感じた。その手の暖かさに私は涙を流した。最後に母に会いたい。
タキ子さん。震える声で彼女の名前を呼ぶと私は耳元で「母に会いたい」と彼女に伝えた。タキ子さんはそれが私の最後の望みと気づいたのか走って小屋を出て行った。
母は来てくれるのだろうか。体を震わせながら咳き込むと男はゆっくり私を横に向け、背中をさすった。さっきまで突き刺す様な痛みを感じていたのに彼にさすられるとその部分から痛みが引いていく。
「優しいのね…」
「奈落へ堕ちる痛みは常人では耐えきれない。よく我慢しているな」
「我慢は慣れっこだからね…」
笑ってそう言うと男は初めて少しだけ私に向かって微笑んだ。しかしその微笑みには憐れみと同情が混じっている。
しばらくすると外から足音が聞こえてきて、勢いよく小屋の扉が開けられた。そこにはタキ子さんと彼女に引っ張られるようにして腕を掴まれている母が目に入った。
母の顔には生気がなく、まるで死んだ魚の様に目に輝きもない。何か言うでも暴れるでもなく、タキ子さんに背中を押され小屋の中に入ってくる。
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