横濱浪漫話

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昔はどうして自分が疎まれているのかわからなかった。父も母も兄も私のことを忌み嫌っていた。唯一私の優しかったのは使用人のタキ子さんで、私が父に殴られて日も彼女だけが私のことを心配し、私のために泣いてくれた。 私が生まれた高屋敷家には昔から不思議な言い伝えがある。雪の降る日に産まれた子供は(けが)れていて、他人の命を吸いとる魔物の子。その子は18になる歳までしか生きられない。その子は高屋敷家に不幸をもたらすだろう。という言い伝えだ。 高屋敷家は戦国の時代から横浜でも指折りの名家だった。そして真実か定かではないが150年前、当時の高屋敷家当主である染二郎の妻(まどか)は不思議な力を持っていたらしい。この世のものではないが見えた円は異様な存在として高屋敷家から今の私のように疎まれていた。しかしそんな彼女を染二郎は自分の妻としてそれはもう大切にしていた。彼女に優しかったのは染二郎だけだった。 だがそんな幸せも続かず、染二郎は円と結婚をした二年後に急に病気で亡くなってしまった。まだ21だった染二郎の死に彼の母は耐え切れず、祈祷師(きとうし)を家に呼び寄せ、この家に魔物が住んでいるからだと言い、妻の円を化け物として処刑した。 雪の降る寒い晩のこと、円は高屋敷家の者たちに縛り上げられ、三日三晩石を投げつけられた挙句、体に火をつけて燃やされた。円は死に絶える瞬間、燃え盛る炎の中でこう叫んだ。 「呪ってやる。死んでも、地獄に堕ちても、呪い続けてやる。また雪の日に生まれてかわって、必ずこの家に帰ってきてやる」 円がそう叫んだ瞬間、彼女を包む炎が緑色に燃え、その火は当時の屋敷にまで広がったらしい。燃え尽きた土地から円の骨は見つからなかった。それは化け物の所業としか思えず、それ以来高屋敷家は雪の日に生まれた子を「穢れ」と呼び恐れられ、死んだ円と同じ歳の18歳になる前には殆どがあの世へのお供え物と称し、命を絶たれてきた。 「もうすぐ18だというのに、私はいつ殺されるのかしら」 暗く狭い離れの小屋の中でそう呟くと隣でお茶を入れていたタキ子さんが私に視線を向け、静かに「恐ろしいこと言わないでください」とため息交じりに言った。 時は大正四年、この高屋敷家はいまだにその呪いの話を信じている。親戚の者の中ではこの呪いをただの言い伝えだと馬鹿にする者もいたが、私の両親はそうではなかった。二人は呪いを信じている。信じ、恐れているが、私を殺す勇気もないため母屋とは離れた庭の隅に小さな小屋を建て、私をそこで生活させているのだ。
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