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男は手を動かすわけでもなく、ただ自分の腕に噛み付いている龍に視線を向けた後、私の顔を見た。
「どうやら大切にしすぎた様だな…」
「…え?」
「金魚はな、手を離し川へ戻せば3代で灰色のフナへ戻る。しかし丹精に世話をすると龍になる」
「…あのこが、龍に?」
男の腕に噛み付く龍は確かに模様があの蘭鋳にどことなく似ていた。怒ってるのか牙を彼に突き立てたまま動こうとしない。
「主人を殺されたくないのか?お前が止めようとこの女は死ぬ。人間はひ弱な生き物だ。この呪いには耐えられない」
男は龍に向かってそう言ったが、龍は噛み付いた腕を離そうとはしなかった。彼はそんな龍をしばらく睨みつけていたが、舌打ちをし、諦めた様にため息を吐いた。
「どうしても助かりたいか?」
え?男の言葉にそう声を出した瞬間、母が発狂した様に声を上げた。
「助けるってなによ!?殺してちょうだい!早く、早く殺してよ!化け物じゃない!!」
母の言葉を聞きながら私は男の顔を見上げていた。
彼は屈むと耳元で「人をやめて物の怪として生きるなら助かるだろう」と囁いた。
「…本当に?」
「あぁ。物の怪の力ならばその呪いに耐えることはできる。しかし耐えるだけだ。魂が消滅してしまえばお前は奈落に落ちるだろう」
「どっちにしろ地獄行きってこと?」
最後の力で笑ってそう言うと男もにやりと怪しい笑を浮かべた。
「死ぬも地獄、生きるも地獄。同じ地獄なら生きている方が儲けモンさ」
男のそのにやり笑いは恐ろしかったが、美しかった。
彼の後ろで母はずっと「殺してくれ」と叫び続け、タキ子さんはそんな母をなだめようと押さえつけていた。
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