横濱浪漫話

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呪いや悪霊、物の怪の話なんてもううんざりだ。しかしそんな私の気持ちをよそにタキ子さんは少し興奮気味に口を開いた。 「でも、あながち嘘でもないようなんです。隣町の家具屋の旦那がずっと肩の調子が悪くて、箸も持てないほど痛みが酷かったのがその金魚屋にお祓いしてもらった瞬間、痛みがひいて前みたいに動かせるようになったらしいんですよ。金魚屋が言うには肩に犬の物の怪が噛みついてるって言ったそうで、旦那さんはもう真っ青になって…」 「どうして真っ青に?」 「それが肩が痛くなる一ヶ月前にその旦那、森に家具で使う木の伐採に行ってたんです。それで誤って野良犬を木材の下敷きにしてしまって、ちゃんと埋葬せずにそのまま放置していたみたいで。それを誰にも言っていなかったもんだから、言い当てられて腰を抜かしたそうですよ。あの時の犬は実は化け犬だったとか…」 「にわかには信じられない話ね…」 「まぁ、その金魚屋が有名なのはそれだけじゃあないんですけどね」 「他にも何かあるの?」 私がそう聞くとタキ子さんはなぜか恥ずかしそうに口ごもり、小さな声で「その金魚売り、中々の美青年なんですよ」と言った。 なんだ。てっきり祓い師としてもっと凄い話があるかと思ったが、そういう話しか。だとしたら女学生達がこぞってその金魚屋に訪れる事にも頷ける。 街には祓い師や祈祷師など胡散臭い奴らにあふれている。実際父は何人かそう言う(たぐ)いの人間を家に呼び、私の呪いをどうにかしてもらおうとした。 いかにも嘘っぱちの人間も多かったが、ごく少数は私を見ただけで首を横に振り、これは手に負えないと(さじ)を投げた。それほどまでに私にかけられている呪いは強力なのだろう。 「…雲雀様も一度訪ねてみては?」 タキ子さんは遠慮がちにそう言って私の顔色をうかがった。きっと私の呪いの事を気にしているのだろう。穢れた子は18歳までしか生きられない。私はもうすぐ18になる。呪いが本当だとしたらあと数ヶ月の命なのだ。 タキ子さんは私が幼い頃から私の側にいてくれるが彼女ももうすぐ50の歳が近くなっている。このままずっと高屋敷家にいてくれるのかもわからない。この家で私を疎外しないのはタキ子さんだけだ。兄が悪口を吹聴しているのか他の使用人ですら私の事を忌み嫌う者は多い。
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