10人が本棚に入れています
本棚に追加
序章 権力者たちのピクニック
白く細い指が、花茎をつまんで編みこんでいく。
「こうやってねじって、前の花と寄りあわせるようにして……」
どこまでも続くように見える青空の下に、女性の声が楽しげに響いた。「ほら、できたわ」
彼女の周りには、春の野花が絨毯となって広がっている。タンポポ、黄いろいカタバミ、控えめなスズラン、そしてシロツメクサ。王都の西にある名もない野原のひとつである。
男性たちの歓声が、わっとあがった。
「みごとな出来ばえですなぁ!」
「花冠といえど、陛下の手にかかりますと金細工のようでございます」
「しかし、いかな冠も、上王陛下のお美しさ、衰えを知らぬ可憐さにはかないません」
男たちは歯の浮くようなお世辞を言い、口ぐちに「陛下」と呼ばれる女性を褒めそやした。
「まぁ。お上手だこと」女性はきゃしゃな手を口もとにあてて、ころころと笑った。
「上王陛下だなんて、堅苦しい呼び名はやめてちょうだい。五節(竜族の六十年)も老けた気がするわ」
「まさか!」
「陛下に限って、衰えなどとは無縁でございます」
「そうかしら?」
「まったくそのとおり。ご夫君となられる男性は、よほど前世で功徳を積んだのでしょうな」
「まぁ……そのお言葉、夫に聞かせてやりたいわ……」
茶目っ気のある口ぶりで、女性は花冠を胸もとに抱えた。美しく高く盛った鳶色の髪から意図的に垂らされたひと房が、豊満な胸もとにかかっている。目はヤグルマソウのような青だった。
「でしたら、名前で呼んでいただきたいわ」
取りまきの男性たちが、たがいに探るような視線を交わした。
「では、おそれながら――」
いかにも世慣れた風情の一人の中年男性が、儀礼的なお辞儀をしてほっそりした指に口づけを落とした。
「上王、レヘリーン陛下」
「陛下はやめてと言ったのに!」女性、つまり上王レヘリーンは声をあげて笑った。
最初のコメントを投稿しよう!