序章 権力者たちのピクニック

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 人間の国家イティージエンと戦争状態にあったとき、その最初の君主が、このレヘリーン・トレバリカ・エシカであった。リアナの母エリサが王太子であった時代の王であり、悪化する戦況に責任を感じてみずから退位を選んだことになっている。王家がなく、封建制度が未成熟な竜の国オンブリアでは、君主としての竜王の権限はさほど大きくない。そのため、責任ばかり重い君主の座に嫌気がさして〈血の呼ばい〉を返上し、退位した王はレヘリーンがはじめてというわけでもなかった。ただ退位の実際のところは、王太子エリサから脅されたなどという噂もあったが……そのあたりは、戦後の生まれであるリアナにはあずかり知らぬところであった。  そして何の因果か、彼女は愛する夫デイミオンとその弟フィルバートの母親でもあった。要するに、彼女はリアナの、義理の母親なのだった。で。 「そろそろ釘を刺しに行くべきかしら?」 「ほっておけ」口いっぱいにパンを詰めこんだまま、エサルが言った。 「あれくらいを侮蔑と受け取っていては、レヘリーン陛下の臣下は務まらん。七人もの王に(つか)えたご老体だ、公も骨身にしみてるだろうよ」 「だけど、仮にも五公の最長老を、笑い者にしておけないわ。五公の権威にかかわるもの」 「あの高貴な女性は毎年の野分(のわき)(台風のこと)みたいなものだ。その一日だけ耐えれば、あとは解放される。たまに爪痕(つめあと)が残るが」 「……」  エサルの言うことは正しい。エンガス卿は、羊皮紙のような乾いた皮膚の下に冷たい微笑みを浮かべたまま黙って座していた。そして、花冠が絶望的に似合っていない。リアナはため息をつき、草花の中から立ちあがった。やはり、放っておけない。
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