アベニールという名の、置屋

12/15
前へ
/103ページ
次へ
「…う…そ…」 「あ、ねえ!」 「…?」 ボソッと呟かれた椎名の言葉は、大賀の声にかき消された。 大賀は手を軽く上げてスタッフを呼び止めている。 「赤の部屋まだ空いてる?」 「はい、空いております」 「やった。そこ使うよ。 アルマンドを」 「かしこまりました、すぐにお持ち致します」 恭しくお辞儀するスタッフに低く告げると、大賀は当たり前のように花蓮の腰に手を回して優しく引き寄せた。 触れた肌のぬくもり。ゴドーとはまた違う硬く筋肉質なカラダに、花蓮の胸がドクンと鳴った。 茜は大賀と椎名に軽く頭を下げ、スッと離れて行く。 大賀が花蓮の手からオレンジジュースを奪い、そばのテーブルにコトンと置いた。 「おいで」 花蓮のドレスの深く開いた背中に、大賀の大きな手が触れる。 女慣れしている、意味深な指使いと熱を持った手にゾク…と花蓮の肌が粟立っていく。 「…っ」 一瞬、椎名が立ちふさがるように花蓮たちの前に立つ。 「ん?なんだ?健人? あー、…花見会は匿名がルールだったな」 大賀はくすぐるように花蓮の背中ーー素肌を絶え間なく撫でながら、椎名を見つめている。 「…っ」 くすぐったくて、花蓮は鼻から抜けそうになる声を我慢した。 「…っ…」 椎名はどこか辛そうに花蓮を見つめる。 「へえ。 …珍しい。 もしかして、お前もこの子が気に入ったの?」 「…」 椎名はじっと花蓮を見つめる。 「?」 花蓮は様子のおかしい椎名を黙って見返した。 面識はない。そのはずだ。 「いや…いい。 悠貴…ほどほどに…な」 そう言うと椎名は踵を返して中央テーブルに戻って行く。 「やれやれ。だーかーらー匿名だってーの」 大賀はオーバーアクションで大げさに手を上げると、花蓮の腰をグイっと引き寄せる。 唇が触れそうな距離で仮面の奥の目が微笑む。 「行こ。 名も知らぬ同士、一夜の快楽に溺れよう」 「はい」 花蓮は大賀に導かれるまま、覚悟を決め、奥の重厚な扉の中ーー赤の部屋に向かって消えていった。
/103ページ

最初のコメントを投稿しよう!

46人が本棚に入れています
本棚に追加