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「あっ、柏木さん!
…ねえ、いつ引っ越した?」
「えっと…うん…この前」
花蓮がアベニールに移ってすぐの頃。
帰宅のため学校の廊下を歩いていると、元ご近所で親同士は仕事の交流があった中村春樹が聞いてくる。
「そか…」
高級住宅地にあった花蓮の家は、今は既に『売家』になっている。
あれから花蓮は2日、学校を休んだ。
あの夜はゴドーにホテルに連れられ、素っ裸にされて全身を隈なくチェックされた。
『未経験』であることも含めて。
それから次の日には正式に配属の決まったアベニールの住人との顔合わせと、事務所の人たちとの顔合わせ。
新しい生活に必要なものを揃えてもらってーーそれから学校に復帰したのだ。
春樹は少しだけ暗い顔をしてーーでもすぐにニカッと笑って言った。
「水曜だし、部活、行くよね?」
春樹も花蓮も、バドミントン部に所属している。
もっとも、迎えの時間が決まっていた花蓮は、短縮授業日の水曜日以外はほとんど参加できず、ほぼ幽霊部員だった。
「…あのね」
花蓮は目を伏せた。
「部活は…辞めたの」
「…っ…は?」
3年で、引退目前だ。
春樹は少し怒ったような顔をした。
「なんで!?」
花蓮は真っ直ぐに春樹を見た。
売られた商品だから…って言ったら…
びっくりするんだろうな。
花蓮はそんなことをふと思う。
「…あのね」
「…」
「親が仕事で失敗しちゃって…ね。
今、親戚のとこから学校に通わせてもらってるの。
高校やめなくていいだけ、良かったけど。
…なるべく迷惑かけたくないから」
『親戚のとこ』っていうのは、ゴドーに言われたままの説明。
本当は花蓮の知る限り親戚なんかない。
花蓮は明るく微笑んでみせた。
「…っ…あー。ああ…
……そう…そっか…」
春樹はグッと押し黙る。
以前から、花蓮の父親の会社の業績が思わしくないことは自身の父親からも耳にしていたと春樹は思い出す。
バトミントン部の引退試合はもうすぐだった。
「…そか…。
わりぃこと聞いた…」
クラスでもリーダー格の春樹はしっかりしていてとってもいい人だ。
さほど親しくはしなかったが、花蓮は温かみのある明るい春樹が人間として好きだった。
「ううん、大丈夫」
花蓮はニコッと笑う。
「中村君、試合、頑張ってね。
じゃあ」
さっと下駄箱に向かうと、グイっと手首を掴まれる。
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