アベニールという名の、置屋

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ある日。 高校生の花蓮は一人で家に帰った。 玄関の鍵が開いていて、廊下に汚れた足跡がいくつもあった。 家の中は荒らされていて、めぼしい電化製品や家具、父の趣味の骨董品類や時計や絵画、義母のブランド物のあれこれや宝飾品も、ほとんど無くなっているようだった。 無表情で佇む花蓮ーー それから、家の中を歩く。 広いリビングのソファにその人は座っていた。 煙草に火をつけてーー長い足を組んで。 花蓮はその大柄な男にゆっくり近づく。 「…お前がカレンか」 「…はい」 花蓮を向いた男の視線が、頭の先から足の先までゆっくりと舐めるように動いていく。 それから小さく頷いた。 「骨格も悪くない」 ふーっと吐き出された白い煙が花蓮に向かって霧散する。 花蓮はじっとしていた。 この日初めて、学校に迎えが来なかった。 いつも来てくれる父の運転手の真鍋さんがーー 仕方なく、お金も持たされてない花蓮は、迷いながら2駅分歩いて帰ったのだ。 やっぱり… 最近、家の中の雰囲気が不穏でどこか慌ただしかった。 まさか今日だとは思いもしなかったけれど、仕事絡みで何かよくないことがあったのだと花蓮も薄々感じていた。 この時、不思議と腹の底から覚悟が決まった。 小娘の出来ることなんてたかが知れてる。 そこまで世間知らずなつもりもない。 男はテーブルに置かれた数枚の紙の中から1枚の紙を取ると、ピラっと花蓮に突き出した。 「柏木花蓮(かしわぎかれん)、17歳。響高校の3年生。 間違いないな?」 「…はい」 「お前は売られた。このヨーロピアンスタイルのご立派な邸宅も…土地も。 何もかも没収だ」 【人身売買契約書】と書かれたその紙には、花蓮の名前と、一番下に見知った父親とあの人のサインもあった。 「お前は今日からウチのだ」
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