アベニールという名の、置屋

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「…………あの、両親は…」 男はふーっと煙を吐く。 「声を掛けた。それぞれ、既に似合いの働き先を斡旋した。 …一生掛かっても逃げられないだろうがな」 ニヤリと笑う男。 「…わかり、ました」 「はっ… いやに物わかりがいい」 父親以外に身寄りもない花蓮には、頼れる人は1人もいない。 短髪にサングラス姿の男は、おかしそうに花蓮をみると、煙草をギュッと皿に押し付けて消した。 嫌なにおいが少しした。 「…いい面構えだ」 その男はゆっくり立ち上がると花蓮の目の前に立った。 「逃げないのか? 肝が据わってるな… 泣きもわめきもしねえとは…」 すごく背が高い。 花蓮は真っ直ぐに男を見上げる。 サングラスが濃くて、目は見えない。 だけど、口元が片方、わずかに上がっている。 「…好きな男はいるか?」 その男は静かに問う。 「…いいえ」 「今まで付き合った人数は?」 花蓮は首を振った。ポニーテールにした長い黒髪が揺れる。 花蓮も170センチと背が高い方だが、その男はかなり背が高くてまるで外国の兵隊さんのようながっしりとした体つきだ。 男は花蓮の頬に手を伸ばし、顎と唇にいきなり武骨な指で触れる。 ふにゃりと花蓮の柔らかな唇が半端に開き、その男が歯列を指でなぞった。 「口を開けろ」 花蓮は小さく口を開けた。 男の手が食い込み、大きく開けさせられる。 指に残る煙草の香りが苦くてーー 「歯並びも歯もキレイだ。…そのままいけるな」 男の指が離れ、花蓮の口の端が濡れる。 「その目ーー。 覚悟を決めたオンナは美しいもんだ。 この業界、太古の昔から需要はいくらでもある。 …いいな?」 「はい。…わかりました」 花蓮は頷いた。 「俺はゴドー。 ここにはもう戻れない。 いるもんだけ持て」 ゴドーは大きなトランクを花蓮にころがした。
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