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空母「呉」から発進したヘリコプターは、九州地方の上空を飛行していた。視界がほとんどきかない雲の中をもう何時間も飛んでいる。パイロットの川口健太は副操縦士の同僚と溜息をついた。
「もう少し高度を下げてみるか。これじゃあ何も分からん」
「どのくらい下げますか」
「二百くらいまでならいけるだろう」
「了解」
ヘリは一気に高度を下げた。氷二百メートル分の水蒸気雲は尋常な密度ではなかった。加えて、この地点に落ちた小惑星は地表に激突しており、膨大な量の粉塵も撒き散らかしている。その粉塵は地表近くで水蒸気と結合して猛烈な雨となっていた。だが、それでも雲の中よりは若干見通しが利いた。
「この映像はスクープだな」
川口は独り言ちた。
ヘリの眼下では、小惑星が激突した直径数キロのクレーターがケダモノの口のように開いていた。クレーターの周囲は衝突時の熱で岩石そのものが融け、焼き物の表面のようにのっぺりとしていたが、よくよく観察すると地面には夥しい数の亀裂があり、この世のものとは思えない荒涼とした光景となっていた。
しかし、わずかに観察できる地表も、猛烈な勢いで降り注ぐ雨がもたらした土石流の奔流に飲み込まれようとしている。クレーターの底にはすでにかなりの量の泥水がたまり、低地を埋め尽し湖のようになっていた。
「すごい洪水ですね」
副操縦士がつぶやいた。
しばらくの間、ヘリは低空で地表の様子を撮影しながら、クレーターの周辺を飛んだ。二人のパイロットの口数は少なかった。
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