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「天文班、坂井です」
「おう、星也か」
「何だよ、カズかよ」
通信を寄越したのは、野田和明。星也とはアカデミーの同期で、今は通信船で任務に就いている。
「何だよ、とはごあいさつだな」
「悪い、悪い。ここ数時間は通信が錯綜したし、普段なら絶対にかけてこないようなお偉いさんからも直接通信があったんでな」
「えらいご活躍じゃないか。それにしても、衝突場所が氷雪域の中で助かったよな」
「本当、ラッキーとしか言いようがない。太平洋のど真ん中に落ちるんだったら、今頃船団は最大船速で逃げているところだ。のんびりはしていられない」
「全くだ、ラッキー以外の何物でもないよな…」
野田はそう言い及んで、急に語尾を鈍らせた。
「どうしたんだ。何かあったのか。余りうれしそうじゃないように聞こえるが」
「いや、うれしいよ。津波は大変だからな。それよりも通信したのは、聞いてほしいことがあるからなんだ」
野田の口調はやけに深刻になった。星也の胸に、もやっとした不安が芽生えた。
「何だよ、何でも言ってくれよ」
野田は沈黙した。それは数秒のことだったが、星也にとってはかなりの長い時間に感じられた。
「通信で話すようなことじゃない。会えないかな。できるだけ早く」
野田は堅物すぎると言われるほど真面目な人柄だ。きっと重要な話に違いないと、長い付き合いのある星也は感じた。
「分かった。あと一時間ほどで休憩時間だ。通信船に行くよ。まだ俺たちの船とランデブーしているんだろう?」
「ああ、インパクトまでは離れないと思う」
「じゃあ、一時間後に」
「ラウンジで待ってる」
通信が切れた。隣の席にいた篠田が観測用ディスプレイから目を離さずに訊いた。
「今のは野田君?」
「ええ、通信船の」
「何かあったの」
「話したいことがあるらしいです。休憩時間に通信船まで行ってきます」
「通信じゃダメなのね…。変な話じゃなければいいけど」
同じことを星也も思っていた。うまく説明はできないが、野田の話に良からぬことが含まれていそうな予感めいたものがあった。
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