いつも

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いつも

「はぁ」 (とうな)あ、自己紹介遅れましたね、そうですため息ついているのが私るりです。 好奇心大勢な小学生1年〜4年生までのお話です。 父親とは暮らしたことがなく、いわゆる片親。 0歳の時に離婚したらしい。 家は、貸家で6畳2部屋と3畳の狭い平屋に住んでいる。 6畳の1部屋が居間、もう一部屋が寝室、3畳が兄と私の部屋だった。 狭くてそこにいることほぼ無かった。 (とうな)学習机でほぼ居れるとこがなかった😭 本編へどうぞ↓↓↓ 1「ねぇ」 るり「またか」 1「なんであの子ピンクのランドセルなの?」 2「1人だけって変なの〜」 全員「上のお姉ちゃん達もみんな赤なのに1人だけ笑笑 るりはこっち来るな笑」 るりは静かにため息をつく。 心(どうすればいいかなんて分からない。私だって別にこの色好きじゃない、寧ろ嫌いな色)と思いつつ外を見ていた。 1、女「あーそのキーホルダー可愛い」 2、女「○○ちゃんの服も可愛いよ」 と照れたように笑う。 そこには女子達が群がって、あれが可愛いこれ私欲しかったやつだぁと話に華が咲いていた。 るりはいつも1人だった。 どこに行くにも… 何とか混ざろうと心掛けるも、混ざることはなかった… 努力はしたけど…なんの悪びれもなく総攻撃を受けていた。 頭が言い訳でもなく、見た目がずば抜けていい訳でもない、片親で鍵っ子。 目立つピンクのランドセル。 たまに見えない者を追いかけたり、話したりするよく分からない子。 (とうな)いわゆる霊って奴ですね、当時は知らなかったんです💧 虐めるには材料しかない子供だった。 学年が上がると下級生が入るわけで、バカにしても良いんだ?と流れる波になんの抵抗もなく流され、同級生と一緒になって虐めは続けられた。兄はいるけどそこまで優しい兄では無いから無関心だった。 誰にも言えず、学校が終わると公園で1人でブランコしてたり、 児童館に行くが一輪車に乗って1人遊びが得意になり、主な日課だった。 たまに 祖母「るり、散歩行こうか?」 るり「行くー」 これが楽しみだったりする。 1円を10枚貰い、公園近くの駄菓子屋で10円ガムを買ったりしていた。 当時優しくしてくれたのは知らない工事のおじさんと祖母だけだった。 工事している所を、じーっと見て るり「何してるのー?」 おじさん「え?(笑)」びっくりされ、声をかけておじさんと仲良くなってたりもした。 母は、洋裁の仕事をしている為ほぼ日中はおらず祖母に託されていた。 夕方に帰ってきて、祖母が帰りご飯を作り寝たのを確認して夜中に出ていく。 薄々気づいていた。兄も。 また誰か男と会っているんだと。 寝たのを確認されている時、寝たふりをして家から出ていったのを何回も見たこともある。 (とうな)所謂デートってやつですね( ˙-˙ ) 小学生2人を残してデートって…… 機嫌が良い時には、従兄弟の家に連れて行ったり、お祭りに連れて行ってくれたりもした。 お祭りに行くと必ずはぐれた笑 1人でバス乗ってバスに乗っているおばさんに1000円貰い、家に帰って待っていると般若降臨……ぶたれた。 他は…何かでイライラしていたのか よく般若の顔して兄やるりを殴ったり、締め出したりされていた。 色んな質問をすると 母「なんでみんなと同じく出来ないの!みんなと同じく普通になりなさい!」 るり「普通っ何?普通ってどういうこと?みんなと同じって何?ちゃんと説明してよ!」 と縋るとぶたれて 母「あんたなんかご飯抜き❗️」 と、こんなことも日常茶飯事だった。 何かあれば、ご飯抜き、ぶたれる。 納得もできず理解出来なかった…… その度に消えたいと思っていたことを今でも覚えている。いなくなれば楽になれるのでは? 小学生ながら、実行したこともある。 ランドセルに服を詰めて、冷蔵庫からチーズを拝借して見つからないだろうと思った保育園の公園まで逃亡(笑) 1人ブランコに乗りチーズを食べていたら、知らないおばさんに保護され家に戻されたこともある。 (とうな)未成年で家出はダメですよ〜心配しますからね……このご時世((´д`)) ブルブル… ……っと失礼しました。 本編に戻りまーす(*^^*) お分かりの通り、般若(母)が待っていた。 沢山殴られた。 泣かれた。 兄は見て見ぬふり。 けど…響かなかった何にも。 テストの点数やちょっとした反抗(勝手に冷蔵庫の物を食べたり)でも、新聞を丸めて叩かれたり、ゲンコツとビンタなんて日常茶飯事で、いつもいつも般若の顔して常に怒っていた。 今なら虐待に入るのかもしれない。。 家にも学校にも居場所なんてないんだなぁって、小学生ながらずーっと思っていたし感じていた。 あの日までは… (とうな)少しの望みだったんだよなぁ今思うと……
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