第三話

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第三話

邏業に入隊してから半年ほどが経っても 僕が任される仕事といえば、雑用ばかりだった。 掃除、洗濯、報告書の作成などが主であり、 稀に夜間の見回りに加わることがあるくらいだ。 そして相変わらず、皆が真剣を腰に差している中、 僕が携帯していたのは木刀であった。 一度だけ、稽古の際に真剣を持ったことがあったのだが、 真剣を握った瞬間、手の震えが止まらなくなってしまった。 以来、真剣を握らせてもらえることは無く、 自分から真剣を握りたいと思ったことも無かった。 邏業に入隊し、自分がいかに脆弱かを改めて思い知った。 そして、邏業に入隊してから半年と少しが経ったある日、 あの日は確か、満月が煌々と輝いていたのを覚えている。 「明石くん、今晩の見回りなんだけど、一人でお願いできないかな?」 「・・・一人で、ですか?」 夜間の見回りは、四~五名一組で行うことが決まりとなっていた。 仮に人斬りが現れたり、何か事件が起こった際、 下士が一人だけではできることにも限りがある。 そのため、必ず四名以上で行動するようにとの決まりがあった。 「うん。僕や他の者も、今日はちょっと用事があってね」 そういえば、今日新しく下士に入隊した者がいたはずだ。 どうせ用事というのも、新人の歓迎会あたりだろう。 「一人での見回りは禁止されているはずでは・・・」 「大丈夫、どうせいつも通り、何も起きやしないんだから」 「しかし、最近は例の人斬りの噂もありますし」 すると、小西は鼻で笑いながら、 まさかあんな噂を信じているのかいと言った。 ここ数ヶ月、身体に無数の切り傷を負った死体が発見される という事件が立て続けに起こっていた。 彼は夜な夜な、突然黒い渦のようなものの中から現れると、 何本もの刀を同時に操り、襲ってくるという。 そして、死体の傍らには必ず、 その者の死を惜しむかのような短歌の書かれた紙が置かれていた。 そんな噂から、いつしか彼は、 ”切り裂きの惹句(きりさきのじゃっく)” と呼ばれ、世間から恐れられる存在となった。 しかし、そんな噂が世間に広がると同時に、 彼は実在しないのではないかという噂もあった。 それもそのはずだ。 なんせ、虚無から突然人が現れたり、 何本もの刀を一度に同時に操るなんて、 そんな事、人のなせる業ではない。 頭のおかしくなった者が見る幻想か、 はたまた、世間を騒がせたい何者かの狂言か、 彼の存在自体を否定する者も少なくなかった。 「とにかく、今晩は皆用事があるから、頼んだよ」 そう言うと、小西は逃げるようにその場を立ち去った。 「ちょ、ちょっと・・・」 その日の晩、結局僕は一人で見回りをすることになった。
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