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あれから尚政からの連絡はなかった。やっぱりダメだったんだ……そう思い、一花は落胆した。でもそれが先輩の決めたことなら仕方ない。
バイトを終えてとぼとぼと帰り道を歩くと、あの夜のことが思い出される。肌が触れ合うことがあんなに気持ちがいいだなんて知らなかった。私と違って筋肉質な体に触れると、すごくドキドキした。
あの時は夢中になり過ぎてわからなかったけど、ゆっくり思い返して気付いたことがあった。
『一花には幸せになってほしい』
先輩は何度もそう言った。今まで自分の感情で私から離れようとした先輩が、私の幸せを考えてくれたなんて信じられなかった。
私たちなりに愛し合っていたはずなのに、一体何が足りなかったんだろう……。自信? 信頼? 言葉? 時間? その全てかもしれない。
今からでも埋められるはずなのに、もう二人の関係は終わってしまった。きっと一生引きずるだろうな……私には先輩との記憶が重過ぎる。
いつも尚政と別れた角が近くなってくると、そこに誰かが立っているのに気付く。それが誰か、目を凝らさなくてもわかり、一花は立ち止まった。
「どうして……」
言いかけて、一花は溢れ出る涙で言葉が続かなくなった。
尚政はゆっくりと一花に近付くと、ぎこちなく抱きしめた。
「……一花のせいだよ……」
「えっ……?」
「一花がたくさん好きって言うから……最後って言って何回もしちゃったから……だから……一花なしで生きていく自信がなくなっちゃったんだよ……」
一花は耳を疑った。尚政の言葉の意味が理解出来ない。
「遠回しな言い方はやめて……。ちゃ、ちゃんと言ってくれないとわからないよ……」
「……一花が好きだ、大好きだ、愛してる、もっとキスしたいし、もっと抱きたい……。俺をこんなふうにしたのは一花なんだからね、ちゃんと責任とってよ……」
「責任……?」
「……俺のそばにいて。アメリカ行っても、浮気しないでちゃんと待ってて」
一花は吹き出した。
「浮気なんかするわけないじゃない……私が好きになるのは先輩だけなんだから」
体を離した尚政は顔を真っ赤にして下を向いた。
「俺……すごく恥ずかしいことを口走ってる……」
「そんなこないよ。すごく嬉しい。だから責任とって、一生先輩のそばにいてあげるんだから」
そう言うと、一花は嬉しそうに尚政の体を抱きしめる。
「これで私は名無しの関係から、正式な彼女に昇格?」
「一花ってば、痛いところ突くなぁ。じゃあ俺は一花の正式な彼氏かな」
尚政の言葉と笑顔が、一花の心を満たす。やっとこの日が来たんだ。
「もうダメだと思ってたから……やっと先輩に伝わったんだなぁって思うと嬉しい……」
「……長い時間待たせちゃってごめんね……。一花がずっと愛情を注いでくれたから……こんな俺を変わらず大切にしてくれたのは一花だけだよ。だから信じられたんだ……」
「そんなことない。先輩ってたくさんの人に愛されてるよ。私は先輩を好きになって、先輩を好きな人とたくさん出会えたもの」
「そう……なの?」
部長も副部長も、津山さんも藤盛さんも、先輩が人を遠ざけたって、その人柄を知っている人はあなたを好きで仕方ない。だから助けたいって思うの。
尚政は改めて一花のことを抱きしめる。額にキスをしてから、唇を重ねると、何故か寂しそうに笑った。
「本当はアメリカに行くまで、今まで我慢した分、一花と一緒にいたいのになぁ……」
その言葉に一花の体がピクンとが反応した。上目遣いで尚政顔を見た後、カバンの中から一本の鍵を取り出す。
「実は……社会人になるから一人暮らしを始める予定なの……。先輩荷物がないって言ってたよね。もし良ければ……アメリカに行くまで一緒に暮らす?」
恥ずかしそうに頬を染める一花に対して、尚政は瞳を輝かせる。
「……いいの?」
「そのかわり私結構ズボラだからね! 嫌になったりしたら困るんだけど……」
「あはは! ならないよ……離れていた分、ずっとそばにいたいんだ。しかも一人暮らしなら慣れてるからさ、俺にいっぱい甘えてよ。そのかわり一花にもいっぱい甘えるけどね。俺は甘えん坊らしいから」
いたずらっぽく笑う尚政を見て、一花は尋人との会話を思い出す。なるほど。きっとあの人も先輩の背中を押してくれたんだ。一花は心の中で感謝した。
「今日はもう帰る?」
「どうしようかな……先輩はどうしたい?」
「……まだ一緒にいたい」
「私も……」
「実は買いたいものがあるんだ」
「何?」
「ペアの指輪。アメリカに行って、離れていても繋がってるって思いたい」
「……先輩って意外と乙女な部分もあるのね」
「えっ……! き、きっと一花のがうつったんだよ。それくらい俺たち一緒にいたんだから」
二人は見つめ合うと、笑い合う。踵を返すと、肩を寄せ合い、並んで歩き始めた。
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