君を知りたい〜中学生編〜

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君を知りたい〜中学生編〜

 一花は小さい頃からお菓子作りが好きだった。最初に作ったのはクッキーで、みんなが美味しいと言って食べてくれたことを今も覚えている。  それからいろいろ作り始め、中学に入ってからは念願の調理部に入った。  海鵬学院の調理部は、中等部と高等部合わせて二十人の部員がおり、部長は柴田達也(しばたたつや)という高等部三年生の男子だった。黒の短髪にメガネと、普通に見たら科学部などが似合う。  柴田はとにかく料理が好きな料理男子で、そのため女子からは『自分より料理上手な男なんて』と敬遠されがちだったが、調理部の中では絶対的信頼を得ている。  週二回の部活は、月曜日に調理予定や材料について話し合い、木曜日に実践するという流れになっていた。  今日は月曜日のため、部員が集まり話し合いをする日だった。 「最近食事系が多かったから、久しぶりにお菓子でも作ろうか」 「わ〜! 賛成!」  部員たちが歓声をあげる。 「じゃあ何がいいか言ってみて。彼氏の好みじゃなくて、自分の作りたいものを言えよ」  そんなふうに笑いをとりながらも話を進めていく。  一花は会話も料理も上手く、後輩の面倒もよく見てくれる柴田を尊敬していた。 「部長、私がっつりケーキが食べたい。結婚式に出てくるくらい大きいやつ!」 「みんなで作るんだから無理だろ。それぞれ作って合体してもいいけど、だったら普通にケーキでいいんじゃないか?」 「了解で〜す」 「新入部員もいるし、とりあえずマフィンにしようか」 「賛成〜!」 「なんだかんだ言って、部員ってば彼氏持ちに優しいんだから〜!」 「そのかわり、ちゃんと作らないと彼氏の反応までは責任もたないからな」 「はーい!」  マフィンは最近あまり作っていなかったので、一花は久しぶりにワクワクしていた。 「じゃあ今日はこれで終了。解散」  柴田の言葉とともに、部員たちは調理室から出て行くが、一花は逆にみんながいなくなるのを待っていた。  そんな一花の姿に気がついたのは副部長の園部美織(そのべみおり)だった。 「一花ちゃん、どうしたの? 何か質問でもあった?」 「い、いえ、違うんです! あの……先輩たちに聞きたいことがあって……。すごく個人的なことで申し訳ないんですが……」  一花が申し訳なさそうに言うと、個人的なことという部分に反応した柴田が興味深そうに振り返る。 「いいね、個人的なこと。なんだい?」 「あの……高等部三年の千葉尚政さんってご存知ですか……?」 「千葉くん? 知ってるも何も、同じクラスだよ。しかもたっちゃんは中等部からずっと同じクラスだよねぇ」 「まぁ腐れ縁ってやつだなぁ。千葉がどうかしたのか?」 「そ、そうなんですか⁈ じゃあもしかしていろいろご存知だったりしますか⁈」 「それなりにご存知だな」 「そうね」  一花は二人が座っているテーブルの正面の椅子に座る。  急に恥ずかしくなり、顔を隠すように下を向く。 「あの……私、体育祭の時に転んじゃって……医務室にいた千葉先輩に助けてもらったんです……」 「あぁ、そういえばそんなこと言ってたな。たまたま図書館にいたら、医務室の留守番を押し付けられたって」 「それで……その……もし良かったら、あの、千葉先輩のことを教えていただけないかと思いまして……」  一花の様子を見て、二人はピンとくる。 「もしかして一花ちゃん、千葉くんが気になっちゃってるんだ?」  園部の言葉に一花は顔を真っ赤にして頷いた。 「あの時初めて会ったのに、あれからずっと先輩のことが頭からなかなか消えてなくて……」 「そっか……教えてあげるのはいいんだけど……ねぇ?」  園部はたった一言だけ問いかける。それに対して柴田も頷いた。 「あいつはすごくいい奴なんだけど、ちょっと天邪鬼(あまのじゃく)なところがあるんだよなぁ。かなり手強いと思うよ」 「あ、あのっ……私はまだ中学生だし、先輩の彼女になりたいとかではないんです! 先輩のことを知りたいなって思っただけで……」    二人は一花に微笑む。 「じゃあなんの情報からがいいかな」 「出来たら基本情報からお願いします」  一花の一生懸命な姿がかわいくて笑ってしまう。 「そうだな。誕生日は五月二十五日……忘れてた、来週だった。血液型はA型。今は帰宅部だけど、昔はバスケ部に入ってたよ。好きな食べ物はチョコレート。彼女は中二以来いたことないから安心していいよ。まぁそこに関して言うと、今後もできる可能性は低いと思うけどね……」 「どういうことですか……?」 「ちょっとデリケートな問題なんだ。こればかりは本人の同意なしに話せないんだよなぁ」  一花が落ち込むと、園部が話題を変えるように話を続ける。 「あとはお笑い好きってこととか?」 「音楽も好きだよな。ほらあのバンド」 「あぁ、確かに」  一花は二人の言葉を熱心にメモしていく。気になることはあったが、一行一行、先輩の情報で埋まっていくことが嬉しかった。 「大学もこのまま上に上がる予定みたいだし、会おうと思えば会えると思うけど」  柴田の言葉に、一花は寂しそうに笑う。 「……でも中等部と高等部でもこんなに会えないじゃないですか。卒業するまでにきっと話すこともないだろうなと思って……」 「でも知りたいんでしょ? それって知り合いたいってことじゃないの?」  二人の言う通り、本当はもう一度話して、知り合いたいと思っていた。 「……私はまだ子どもだから、先輩も迷惑かなって……」 「まぁ告白されたら困るな」 「たっちゃん!」 「でも悪い気はしないと思うよ。かわいい後輩とか、友達なら近くにいたっておかしくないだろ?」  柴田の言葉に一花は元気をもらえた気がした。そばにいられるのは、彼女だけじゃないんだ。それくらいなら願ってもいいのかな……。 * * * *  一花が帰った後、柴田と園部は調理室に残って話をしていた。もちろん一花と尚政について。 「まさか一花ちゃんが千葉くんを好きだとは驚いた」 「だなぁ。一花ちゃんの一番好きな先輩は俺だと思っていたのに……」 「何馬鹿なこと言ってんの。ところで千葉くんって……」 「まだ、あのことを引きずってるんじゃないか? 彼女を作らないのはそれが原因だと思ってたよ」 「……でも一花ちゃんなら……って思わない?」 「不思議だよな。まだ中学生なのに、俺もそう思ってる」  二人は顔を見合わせて、ニヤッと笑う。 「やるか」 「いいね、やろう」
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