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「尚政とは連絡取り合ってるの?」
「電話だったりメールだったりまちまちですが、一応毎日連絡はとってます」
「へぇ、あいつそんなにマメだったんだ。なんか意外だな」
やっぱり従兄弟だし、どことなく雰囲気が似ている気がした。
「尚政ってさ、小さい頃は天真爛漫なクソガキで、すごく明るい奴だったんだ。子供っぽい感じもしたけど、それがあいつの持ち味っていうかさ。一緒にいて、そういう風に感じたことない?」
「そうですね……確かにいたずらっぽさは感じます。それに結構甘えるのが好きみたいですし」
一花の言葉を聞いて、尋人と藤盛は一瞬固まったかと思うと吹き出す。
「あいつ一花ちゃんに甘えるの⁈ すごい情報だなぁ。今度このネタをぶち込むか」
「い、いけませんよ、尋人さん」
言ってはいけないこと漏らしたのかと不安になるが、涙を流して笑っている尋人は、手を前に出して謝る。
「ごめんごめん! 尚政はさ、あの中学の事件以降心を閉ざしたというか、本心を隠すようになって……みんな昔の尚政を知っているだけに心配しててさ。それが高三になったくらいから、また少しずつ元の尚政らしさが戻ってきたって親族間でも話しててね。つまり一花ちゃんと出会ってから尚政が変わり始めたってことだよね」
「……もしそうなら嬉しいですね……」
「俺はね、尚政を変えてくれた一花ちゃんに感謝してるんだ。だからずっとお礼が言いたかった。本当にありがとう」
だがそれを聞いても、一花は心から喜べなかった。きっとこの先に何か絶望的なことを言われる予感がしていた。その様子を見て、尋人はクスッと笑う。
「……一花ちゃんは察しがいいみたいだ」
「いえ……そうでなければ、津山さんみたいな方が私のところに来るとは思えないので……」
尋人は一息つくと、一花の方へ向き直る。そして口を開いた。
「実はね、今アメリカ支社への異動が打診されているんだ。それに尚政を連れて行きたいと思ってる」
それは一花の想定を遥かに超えるものだった。今の北海道でさえ遠いと感じていたのに、海外ということへの衝撃が大きかった。
「まだ決定事項ではないけどね。決まる前にとりあえず一度尚政をこちらに戻そうと思っているんだ」
北海道の距離であの反応を見せた先輩が、アメリカなんていうことになればどうなるのだろう。たぶんもう無理だって諦めてしまいそう。想像しただけで怖くなる。
「たぶんここにいる全員が同じことを想像したはずだよ。みんな尚政のことを理解しているからね」
顔を上げると、尋人と藤盛が笑顔で一花を見ていた。
「これからすごく勝手なことを言うのを許して欲しい。俺は尚政をアメリカに連れて行きたい。だけど一花ちゃんにも、尚政のことを諦めてほしくない。もちろん尚政にも」
「……どういうことでしょうか?」
「俺はね、尚政には一花ちゃんが必要だと思っている。でもあいつの性格上、必ず一花ちゃんに別れを告げると思うんだ。だからこそ一花ちゃんに尚政を引き止めて欲しい」
「そんな……!」
「もし一花ちゃん自身が無理だと思うのなら引き下がってくれていいんだよ」
「そ、そんなこと絶対にありません! 私はそんな軽い気持ちで先輩のそばにいるわけじゃありませんから……。でも後ろ向きになった先輩を引き止めるなんて……きっと無理に決まってます……」
「そんなことないよ。俺は一花ちゃんなら出来ると思ってる」
その時尋人の携帯が鳴り、彼は慌てて店の外に出て行く。
一人残された一花は、肩を落として下を向いた。今回は北海道が決まった時と状況が違いすぎる。
先輩のことが好きなのに、その気持ちに自信が追いつかない。そばにいないことが、こんなにも私の気持ちを弱くする。
「あまり深く考えなくて良いと思いますよ」
落ち込む一花に藤盛が優しく語りかけた。
「尚政さんはこちらにいらした時に、あなたがたくさんの愛情をくれる、そして愛される喜びを教えてくれると仰っていました。昔の尚政さんも、好きなものは好きというストレートなお子様でしたが、あの一件以降、真っ直ぐに自分の想いを伝えることが怖くなってしまったようです。だからこそあなたからの真っ直ぐな愛を受けると、自分もそれでいいのだと肯定されるのではないでしょうか。引き止めるためにではなく、ただあなたの愛情を真っ直ぐ伝えれば、尚政さんはきっとあなたがどれほど大切な存在であるか気付くはずです」
「そうでしょうか……」
「私は尚政さんが生まれた時から知っておりますが、今が一番満たされたお顔をされてますよ。誰もがそうだとは思いますが、万人に好かれるよりもただ一人に愛されたい……尚政さんもそのお気持ちが強いように思われます。なにしろ一花さんに甘えているそうですから……ぶふっ」
ここにいる時の先輩って、一体どんな感じなのかしら……。藤盛が吹き出すのを見て、一花は首を傾げた。
そこへ尋人が戻ってくる。
「ごめんね、ちょっと急ぎで行かないといけない店舗があって……」
「私は大丈夫なので、お気になさらないでください」
「いろいろ勝手を言ってしまって申し訳なかったね」
「いえ……」
尋人が店を後にすると、一花はカクテルを飲み干す。カバンから財布を出そうとすると、藤盛が止めた。
「でも……」
「これは私からの激励です。尚政さんのこと、よろしくお願いいたします」
頭を下げた藤盛に、一花も慌てて頭を下げる。
「こちらこそありがとうございます。藤盛さんが言ってくださったように、先輩に精一杯の愛を伝えてみます。それでどうなるかはわからないけど、後悔だけはしたくないので」
「陰ながら応援しておりますよ!」
藤盛からの励ましを受け、一花は自分自身に気合を入れ直す。離れていた分、募った想いを目いっぱい先輩に伝えよう。それが今の私に出来る最大限だ。
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