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「なぁ柴田、金曜日のあれって何?」
翌月曜日の朝一番に、尚政は柴田に詰め寄った。明らかに何らかの意図があることは分かっている。
「何って、分かってるんじゃないの?」
柴田は次の授業の準備をしながら、不敵な笑みを浮かべる。
「一花ちゃん、体育祭の時にお前に医務室でお世話になったらしいぞ。覚えてないのか?」
柴田に言われ、尚政はしばらく考え込む。何人か傷の手当てはした。その中にいたってことか?
その時に、下を向いたまま動けなくなっていた三つ編みの女の子が頭に浮かぶ。
「……あぁ、あの転んだ子か!」
「一花ちゃんが何かを望んだわけじゃなくて、俺と園部がお節介をしただけだよ。あの子を見てると何かしてあげたくなっちゃうんだよなぁ」
「……確かに良い子だよな。でも中学生だし」
年齢的に恋愛対象としてみるのはどうなのだろうか。
「お前が初めて彼女作ったのだって中二だったよな。きっとあのことをまだ引きずっているんだろうけどさ、一度一花ちゃんと話してみたら? 気持ちが変化するかもよ」
その時、始業の鐘が鳴る。尚政は渋々席に戻ろうとする。
「そうだ。一花ちゃんが早速生チョコ作ってきたって。渡したいらしいんだけど、昼休みと放課後どっちがいい?」
柴田の声は浮き足立っているようにも聞こえる。
尚政はため息をついてから答える。
「……昼休みに行くよ。何組?」
「二年一組」
「了解」
* * * *
昼食後におしゃべりを楽しんでいた一花は、ドアからクラスを覗き込んだ尚政を見つけて飛び上がる。
尚政は一花を見つけるとにっこり笑って手を振った。
それに気付いた芽美と智絵里が驚いて一花を見る。
「体育祭の時の先輩じゃん! まさかの急接近⁈」
「何があったの⁈」
「ま、また今度話すから! とりあえず行ってくる!」
一花はカバンの中からラッピングした生チョコを取り出すと、詮索してくる二人から逃げるように尚政の方へ走る。
高校生がクラスに来たことで、生徒たちも騒ぎ出す。それを察知して、尚政は一花の手を取ると階段を降り始める。
「せ、先輩⁈」
「外行こう。この時間なら誰もいないからさ」
先輩にとってはなんてことないのかもしれないけど、手を繋ぐことは私にとっては大事件なの。
一花の胸はずっとドキドキが止まらない。
先輩と知り合いたいとは思ったけど、こんなに早く叶うとは思いもしなかった。
校舎を出ると、校庭との境に位置する生垣の中に隠れるように入っていく。二人とも走り疲れて、芝生の上には座り込む。
「なんか急に教室に行っちゃってごめんね」
「いえ全然! 部長が伝えてくれたんですよね。私こそ来ていただいてすみません」
それなのに、あんなに騒がしくなってしまい、先輩に嫌な想いをさせていないか心配だった。
「あの……これ……!」
一花は、作った生チョコの入った箱を渡す。部活で作ったものと違い、一人で作ったものを食べてもらうのは少し緊張した。
「本当につくってくれたんだ! なんか逆に気を遣わせちゃったみたいでごめんね」
「いえっ! 先輩にはお礼もしたかったので……」
「それって体育祭の?」
「……覚えてくれていたんですか?」
一花の嬉しそうな顔をみて罪悪感が生まれる。
「いや……柴田に言われて思い出したって感じ」
「それでも思い出したってことは、覚えてくれてたってことです。ありがとうございます……なんだかすごく嬉しいです」
一花が微笑むと、尚政はなんとなく安心した。自己解釈が面白いし、なんだか不思議な子だな……。
「これ、食べていい?」
「もちろんです。お口に合うといいのですが……」
「あはは。この間もそう言ってたよね」
箱の中には生チョコがレンガのように綺麗に並んではいっていた。それを一つつまんで食べると、思わず笑みが溢れる。
「お口に合うどころか、めちゃくちゃ美味しいんだけど」
「本当ですか? 良かった〜!」
両手を合わせて喜ぶ一花を見て、尚政は柴田の言葉を思い出す。
『何かしてあげたくなっちゃうんだよなぁ』
その意味がわかるような気がした。
「一花ちゃん、もし良かったらチョコのお礼がしたいんだけど、何かして欲しいこととかない?」
尚政の言葉に、一花が驚いて固まる。して欲しいこと? そんなことを聞かれるなんて夢にも思わなかった。
でもなんて答えるのが正解なのだろう。本音を言えば、お友達になりたい。デートがしたい。でもそれは先輩に迷惑がかかるから、口に出すことは出来なかった。
悩みに悩み、尚政が元バスケ部ということを思い出し、ようやく一つ思いついた。
「バ、バスケを教えていただけませんか? 私運動がダメダメで、体育でバスケをやってるのにみんなに迷惑ばかりかけちゃってるんです。元バスケ部の先輩に教えてもらえたら嬉しいかな……」
意外な返答に、尚政は少し拍子抜けした。確かにちょっと違うタイプの子だな。そして笑い出す。
「なんか一花ちゃんっていいね。俺の周りにはいない感じ」
「はっ……?」
「なんでもない。俺バスケは出来るけど、体育館を堂々とは使えないんだ。だからさ、休みの日にどこかの公園とかでもいい?」
「も、もちろんです!」
「じゃあ決まり。連絡取りやすいようにIDとか教えてもらえたら助かるんだけど」
「あっ、ケータイ持ってきてない……」
「じゃあ俺のIDを教えておくからさ、後で連絡してくれる?」
「わかりました!」
一花のやけにハキハキした受け答えに、尚政は不思議と元気をもらえるような気がした。
尚政は立ち上がると、一花に手を差し伸べる。一花は戸惑いながらもその手を握ると、一瞬体が宙に浮いたような感覚に陥る。
なんだかやっぱり高校生って大人だな……同級生じゃこんなことしてくれないもの。
「チョコ、ごちそうさま」
「こちらこそ、食べていただいてありがとうございました」
やっぱり先輩は素敵。また好きなところを見つけてしまった。
高等部の教室に戻って行く尚政を、手を振りながら見送る。一花の胸はいつまでも高鳴りが止まなかった。
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