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第4話 壊れ始めた心
―――
「……いっ!」
「あ、ごめんなさい!」
情事中、彼の背中に爪をたててしまった。痛さに顔をしかめた彼を、僕は下から覗き込んだ。
「大丈夫、大した事ねぇ~よ。」
「でも……」
そっとそこに指を這わすと、ビクッと体を震わす。僕は反射的に手を引っ込めた。
彼はいつもの笑顔で微笑むと、僕の耳許に口を寄せた。
「圭吾、愛してるよ。」
「僕も……邦宏くん、愛してる。」
首筋に顔をうずめてきた彼の体温を感じながら、僕は目を閉じた。
……ごめんね、本当はわざとなの。僕の証をあなたに刻みたかった。
でもあなたはそんな僕の気持ちに、きっと気付いている。そして知らないふりをするんだ。
僕を傷つけないために、自分自身を傷つけている。だけどそんなあなたの優しさに、僕はいつも胸が痛むんだ。
それでも僕は、彼の事を手離せない。邦宏くんは僕に、たくさんの事を与えてくれた。彼がいるだけで、世界はこんなにも輝くのかと驚く程。
僕は彼に何もあげられないけれど、僕には絵がある。これからもずっと、邦宏くんのためだけに絵を描くのだろう。
彼が好きだと言ってくれた僕の絵を武器に、顔も知らない彼女と勝負をする。だけどそんな無用の争い、彼は望まないから。
――僕は微笑う。
「平気だよ、大丈夫。」
そう言って、微笑うんだ。
だけど、僕の心は知らない間に少しずつ、壊れていったんだ……
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