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彼と出会ったのは、僕が初めて個展に自分の絵を出す事になった去年の春だった。
個展といっても自分のではなく、美大の先輩の個展で、是非描いて欲しいと頼まれたのだ。急な頼みで最初は断ったものの、たくさんの人から自分の絵を見てもらえるかも知れないという思いから、承諾した。
期限は二週間。僕はアイディアを練るため、その日から街中を散策する事にした。
――散策を始めて三日目。
全然良いアイディアが浮かばない僕は、ちょっと焦り始めていた。
家の近所は二日でほとんど廻ってしまったから、今日はもうちょっと遠くまで足を運ぼうと、隣町に来ていた。
「いい天気だなぁ~」
歩きながら空を見上げて、そっと呟く。僕はそのまま空を見上げたまま、ボーっと歩いていた。
「わっ!」
「え?わぁっ!」
突然驚いたような声が聞こえたかと思うと、僕は何かにぶつかって尻餅をついていた。
「いたた……」
「いってぇ~……」
僕以外の人の声が聞こえたので慌てて顔を上げると、スーツを着たいかにもサラリーマンっていう格好の人が、腰を押さえながら立ち上がる所だった。
「ごめん、大丈夫?」
「え?あ、はい……」
さっと手を差し出されて、僕は戸惑う。そっと見上げるとその人はふっと笑って、僕の手を少し強引に掴むと引っ張った。
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