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言葉尻を冗談めいて言う友人。なんと返せば良いのか分からず、友人を見ていると、彼女は急に照れくさそうに首をブンブンと振った。
「わ、わたしが咲希に気があるとかじゃないんだからっ。同性愛なんて興味無い。先輩に絶賛アプローチ中だから。不整脈でも無いから」
友人は言い訳がましく、早口でまくし立てる。真実なのだろうけど、慌てて否定する方が嘘をついているように見えてしまう。深く聞いて、その気になられても困るから、わたしは話題を自分から逸らした。
「サッカー部の?」
「ううん。今はラグビー部の先輩。あの人は、彼女さん出来たみたいだからお終い」
先日、サッカー部の先輩がかっこいいからと練習を見に行って、サッカー部のマネージャーになろうかな。なんて言っていたのに。もう好きな異性を変えていて、それを臆面もなく話している。なんと尻軽……いや、身軽な友人だろう。
欲望に素直。しかし、その素直さが今のわたしには羨ましい。わたしも自身の欲望に対して素直に行動できたなら、親しげに話しかけて、もう転校生の彼女と友達になれているんだろうか。
「それにね」
わたしは先程よりも声を潜めて言う。
「わたしと夜辺さんってね、似ている気がするんだ。共通項があるっていうのかな」
「んんんっ?」
驚いて小さく呻いてから、友人は目を細めたり、見開いたりしながらわたしと転校生の彼女を交互に見比べる。
「どこが? ぜんぜん違うじゃない。類似点を探すほうが難しいよ。性別と服装くらい?」
中学校しての制服を着た女子は、あんたもでしょうが。と突っ込みたくなったが、口に出さずに飲み込んだ。
「ほ、本人には言っちゃ駄目だよ」
言い触らさないかと心配になって付け加えるが、友人はわたしの言葉なんて耳に入っていないような呆気にとられた顔で、その視線はわたしには向いていなかった。
「もう、遅いみたい」
気まずそうに言う友人の視線を追って、わたしは後ろを振り向く。
「これ、あなたの仕業?」
背後にはいつものように無関心で、それでもキレイな転校生の吸血鬼が立っていた。手には餃子の匂い付き消しゴム。さっきわたしが彼女の机に置いたものだ。
「へ、あっ……」
驚きと緊張で声が出にくい。しゃっくりの時のような声が漏れる
「ご、ごめんなさいっ」
転校生は表情を変えず、わたしを見下ろし続ける。責められている気分になり、わたしの身体は小刻みに震えて汗が出てきたのが分かる。彼女の顔なんて見れず、俯いて危機が去るのを待つ。甲羅の中に首を引っ込めた亀みたいに。
吸血鬼、怖い。
険悪な雰囲気。クラスメイトは転校生が自ら他人に話しかけたのに驚き、事の行く末を固唾を飲んで見守っている。誰もわたしを助けようとはしない。
「あ、あのさっ」
重苦しい空気に耐えられなくなった友人が、声を上げる。静かな空間でその声は教室中に響いた。
「咲希もね、悪気は無いみたい。ただ、夜辺さんと仲良くなりたくて、そのきっかけ作りに色んなことをしてたみたい」
友人は口止めした内容を臆面もなくクラス中に聞こえる声で告白した。恥ずかしさから恨みを込めて彼女をにらみつける。彼女は小さく「ごめん」と謝り、手を合わせていた。
言い繕うために転校生を見上げた。
「あ、あのねっ……」
しかし、その先の言葉がわたしの口から出ることはなく、転校生は
「そ、それなら、良いわ」
と冷静を装って振り向き、そそくさと自分の席へと戻って行った。
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