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わたしは一度大きく息を吸う。右腕に巻かれたブレスレットに手をかける。
「わあああぁぁぁっ!」
ブレスレットを外そうとした瞬間、わたしではない誰かの絶叫が聞こえて、目の前の男の人が横に飛んだ。誰かが体当たりをして男の人を突き飛ばしたのだと理解する前に、わたしはその誰かに手を引っ張られて連れ去られた。
見覚えのある金色の髪が走る動きに合わせて、目の前で踊るように揺れる。あまりの綺麗さに、わたしは見惚れた。きらきら。
一通り走り、男の人が追いかけて来ないのを確認してから、私たちは足を止めて一息ついた。
「だ、大丈夫だった?」
夜辺さんは息を切らしてわたしに尋ねる。全力で走ったせいで顔を真っ赤にして。こんな彼女の姿は体育の時間ですら見たことがない。わたしが彼女に見出していた神秘性なんてどこかに吹き飛んでしまった、不格好なただの女子の姿。
「うん。大丈夫だよ」
「あっ。もしかして、あの人知り合いだった? なんだか不穏に見えたから突き飛ばしてしまったんだけど」
「ううん。知らない人。たぶん、危ない人」
けれど、学校では見せないその不格好な姿で助けてくれたことが、わたしは堪らなく嬉しくなった。
「でも、どうして助けてくれたの? 嫌われるようなことをしたわたしを、わざわざ追いかけてきてまで」
わたしの問いに夜辺さんは少し考えた素振りを見せたかと思うと、すぐに恥ずかしそうに頬を真っ赤にして目を逸した。
「だって」バツの悪そうな口調「と、友達を助けるのに理由なんて要らないでしょう」
顔がにやけてしまう。鼓動が更に高鳴る。
ああ、ダメだ。止めないと。
こちらを向いた彼女は呆けたように、とろんと微睡むような目。焦点の合っているのか合っていないのか定かではない。ぼうっとした顔でこちらを見る。先程の男の人とよく似た表情。
「夜辺さんっ!」
声を張り上げ、夜辺さんの顔の前でパンっと一度手を叩く。一拍遅れて、彼女はハッと我に返った。
「さ、帰ろう。遅くなるよ」
「え、ええ……」
なにか腑に落ちない様子で、夜辺さんはわたしの言葉に従う。それに対してわたしは何も答えることなく曖昧に微笑んだ。
その場で別れて帰ろうとしたけれど「危ないから一緒に私の家へ行きましょう。ママに来るまで送ってくれるように頼むから」という夜辺さんの提案に従うことにした。
また不審者に襲われるかもしれない心配は全くしていないが、彼女の家に行って、カーミラのお母さんに会いたいという好奇心だけで彼女の言葉に従った。
「昔、誘拐されそうになったことがあるの」
道すがら、夜辺さんはポツリとこぼすように呟いた。わたしは黙って彼女の次の言葉を待つ。
「小学校の下校中。なんとか大人の人が近くに居たから未遂で助かったんだけど、その時に一緒の下校していた友達が怪我を負ってしまったの。それ以来、同じようなことが起こらないよう、友達は作らないために人を遠ざけてたのに、あなたがあまりにしつこいから。誰にも言わないでよ」
言う彼女は照れているのか嬉しいのか、それとも拗ねているのか判断に困る表情をしている。対するわたしも秘密を告白してくれたことに喜べば良いのか、大変だったねと労えば良いのかよく分からない。
これが彼女に感じていた共通項なのかもしれない、とわたしは思った。同じように幼い頃に誘拐事件の被害者になり、困難を乗り越えたものだけが纏う雰囲気。それをわたしは彼女から感じ取ったのかも。なんて。
「な、何よ?」
ニンマリと笑みを浮かべながらじっと見つめるわたしに、夜辺さんは訝しげな顔をした。
「ううん。夜辺さんがお母さんをママって呼ぶのが、それっぽいなあって」
「う、煩いっ」
夜辺さんは頬を紅潮させて怒った。でも、すぐに楽しそうに笑った。
つられて、わたしも笑った。
近寄りがたい神秘性なんて感じない、高嶺の花でもなんでも無い。普通の女の子。
でも笑っている夜辺さんがわたしは好き。
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