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♯♯♯
「あら、なんだか機嫌がいいわね。何かあった?」
帰宅してすぐにお母さんに指摘されて、ひと目で分かるくらい自分が浮かれた様子だったんだと少し恥ずかしくなった。
「な、何でも無いよ」
慌てて否定すると、お母さんは「あ、そ」と興味なさげに短く返事をした。
「でも、気をつけなさいよ」
ああ、また始まった。お母さんの面倒くさそうなため息は小言の始まり。
「必要以上に感情を高ぶらせると、そのお守り程度じゃあ魔力が漏れ出すのを抑えられないんだから。あの時もそうだったでしょう。ええと、小さい頃に誘拐されかけた時。たまたま近くに居た男の人が、咲希の魔力に当てられて暴走しちゃって。お母さんが助けたから良いものを……」
幼い頃の誘拐事件以来、何度も聞かされた説教。私の身を案じてなのだとは分かっているけど、それにしてもしつこいので反発したくもなる。
「分かってるよっ」
態と大きな足音を立てて自室に向かい、ドアを思い切り閉める。
倒れ込むようにベッドに寝転がり、腕に巻かれたお守り。いや、わたしの魔力が外に漏れないようにする封印に触れる。
「サキュバスの魔力、か」
誰に言うでもなく、ポツリと呟く。
サキュバス。人間を誘惑して堕落させ、性行為によって精力を吸収したり、死に至らしめたりする悪魔。夢魔とも樹木の精霊とも言われている。いやらしい、いんらんな悪魔。
わたしとお母さんは人間にバレないよう潜んで生きているサキュバスだ。といっても、他人を誘惑する気はないし――お母さんは、お父さんを誘惑したみたいだけど、それきり――他人と性行為なんて中学生のわたしにはまだ早いと思っている。精力がどんな物なんて知る由もない。
でも、
わたしが望まなくともサキュバスの魔力は他人を惹き付けてしまうらしく、小学生の頃にわたしを誘拐した人も、わたしの魔力に当てられて、無理矢理興奮状態になり、理性の歯止めが利かなくなって、わたしを誘拐した。いうなればあの人も被害者だ。
それ以来、わたしは魔力が漏れ出ないよう、お母さん特製のお守りを腕に巻いている。しかし、お守りも万能ではないらしく、わたしが過度に興奮してしまうと魔力が漏れ出してしまう。今日の男の人も、きっとそう。
魔力は外敵への攻撃にも使えるけど、出来るならば使いたくはない。今日のように危機的状況にならない限りは、悪魔の力を使う気はない。
きっと、この先、人間と同じように生きて、人間と同じように死ぬんだろうと何となく思っている。
それでも、わたしは悪魔だ。人間とは違う。
だから、絵に描いた吸血鬼のような夜辺さんが現れたときは嬉しかった。自分と同じ、人間とは違う仲間に出会えたんだから。
目を瞑り、吸血鬼の彼女を思い浮かべる。真紅のドレスに身を包んで、その金色の髪と同じ色をした満月を背に、妖艶に微笑む彼女。辺りにはコウモリが舞っている。うん、やっぱり似合う。
「でも、違ったのかなあ」
呟いて、夜辺さんが血に怯えた姿を思い出す。吸血鬼なら喜ぶであろう血液を、彼女は嫌がった。恐らく、彼女が誘拐されかけた時に友人が怪我を負ったからだろうと、わたしは推測した。
そこまで考えて、わたしは一つ思い至り上半身を勢いよく起こした。
吸血鬼ではないと、彼女の口からは聞いていない。血を怖がったのも、周りの生徒に正体がバレないための演技だとしたら? いや、そもそも吸血鬼だからって、全ての血液が好きなのではないかもしれない。わたしだって甘いお菓子は好きだけど、抹茶の入ったお菓子苦いからは苦手だもの。
楽観的な思考。思い上がりかもしれない。それでも、彼女が吸血鬼だという可能性がまだ残っていることが嬉しくなる。
よし。作戦を変えよう。
少しずつわたしがサキュバスであると醸し出してから、吸血鬼ではないかと指摘してみよう。仲間だと分かったら、彼女も打ち明けやすくなるんじゃないか。
嬉しくなって、跳ねるようにベッドから起き上がる。心臓の鼓動も弾んでいる。
「こら、また漏れてるわよ」
感情が昂ぶって、魔力の漏れ出したのを感知したお母さんの叱る声が、部屋の外から聞こえる。
「はーい」と軽く流すように返した。
わたしが実は人間じゃないと告白したなら、夜辺さんはどんな顔をするだろう。
想像してわたしはニンマリと笑った。
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