夜半(やわ)の雨

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 入院生活の朝は早い。 10月も終わりのこの時期、まだビル間から差し込む朝日が明けの紅に染まる頃合いの6時から、看護師さんがやって来て、広いばかりでなにもない一人部屋のカーテンを開ける。 病室の窓は東に面しているから、一気に部屋中が真っ赤に染まる。 看護師さんは忙しい。 なんたってこの時間に、次から次へ、病室から病室へ、カーテンを開けて回らなければならない。 スライドドアを開けて、「おはようございます」と言いながら大股で入ってきたかと思うと、大胆にカーテンを開け、「失礼しました」と大股で去ってゆく。 家に居れば、朝はいつも11時くらいまで眠っている四ノ宮蒼子には、6時というのは早すぎる。 人間の起きる時間じゃないよね、なんて思う。 なんならこれから寝ようか、と思うような時間なのだ、蒼子にとって6時というのは。 それに純粋に時間が早いだけの問題でもないとも思う。 入院生活のタイムスケジュールは、6時起床、6時半にお茶をカップに注いでくれるひとが来て、7時に朝食、11時半にまたお茶が来て、12時に昼食、17時半にお茶が来て、18時に夕食。21時就寝。以上。 あとは適宜、先生がはやてのように現れてはやてのように去って行ったり、看護師さんが熱や血圧などをみにきてくれたり、まあそういうのもないことはないけれど、一言で一日を表現するならば「暇」なのである。 だから余計に、なんで6時に起きなければならないのか、蒼子にはわからぬのだ。 もっと寝ていたかったのにい、と恨めしい思いでいっぱいである。 蒼子は暇である。 入院して二日後に手術をして、麻酔から醒めて二日ほどは昼夜問わず吐きまくったが、いまはもうぴんしゃんとして元気である。 夜以外はベッドにいることもなくて、こじんまりした居心地のいいソファーに座っているか、病院内を徘徊している。 手術の痕からはドレーンという管が出ていて、余分な血液やリンパ液(廃液という)をプラスチックパックに溜めている。 廃液が少なくなったら、ドレーンを外して家に帰れるのだ。 蒼子は常にプラスチックパックを布袋に入れて、袋を首から下げている。 廃液の量を計りにきて捨ててくれるのは、蒼子を担当してくれている看護師さんの三人のうちの誰かだ。 四ノ宮蒼子は暇である。 一階にある自販機に行って、トマトジュースやカフェオレや、やたらとよく効く乳酸菌飲料を買いだめしてしまうくらいに暇である。 四ノ宮蒼子は暇である。 食事のあとの食器を、頼まれもしないのに廊下のキャスターに返しに行ってしまうくらい暇である。 四ノ宮蒼子は暇である。 家ではろくにやりもしないのに、SKⅡのオールラインナップで念入りにスキンケアをしてしまうくらいに暇である。 四ノ宮蒼子は暇である。 お笑いのラジオを聞きすぎて、スマートフォンのギガが残り少なくなったくらい暇である。 四ノ宮蒼子は暇である。 友達にお題をもらって、短編小説を次々と書いてしまうくらいに暇なのだ。
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