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「せっかく引き上げようとしているのに、面倒なことしてきやがって!」
死に物狂いで釣竿を動かし、紅炎を振り払うホクアース。
凄まじい形相の彼は、太陽へ無意識に実情を訴えていた。
「ナナースから、いつまでも日没せず民衆が困惑している、と報せがあった。
公転を怠けたくせして反抗するとは、とんでもなくふてぶてしい恒星だ。
白夜を言い訳にできる時期と場所でもねぇしな」
地球上には2人の天体指導係が存在し、
北半球をホクアースが、南半球をナナースが管轄している。
天体の起こすあらゆる問題への迅速な対処が、彼らの神から受けた使命なのだ。
また、太陽が沈まない、あるいは太陽が沈んでも薄明状態が続く
”白夜”と呼ばれる現象が南半球で起こるのは、
12月下旬前後、それも人の寄り付かない南極圏付近に限っての話である。
現在は7月初頭。その可能性は極めて低いものだった。
ふと、ホクアースの胸がざわつく。
不穏な予感が彼の頭の中で、段々とその輪郭を明らかにしていった。
「ん? 確か、各惑星は太陽を中心に公転していたよな。
となると、日没が遅れている原因は太陽になく、地球の自転の怠慢……?」
ホクアースは狐色に焼き目のついた釣り糸を回収すると、
きまり悪そうに地平線の奥へ向かって謝った。
「ごめん、太陽。冤罪で大事な黒点に痛め付けてしまって。
お前はただそこに居座っているだけだもんな。
たまに天動説とごっちゃになるんだ。本当にすまない」
彼も断じてミスを犯さないわけではない。
そして、この罪悪感を引きずらない捌けた性格こそが、
天体指導係に求められる素質である。
山頂には既に、地面を睨んで叱責するホクアースの姿があった。
「おい、地球。お前が自転を怠けることで、
どれだけの人が、いや、どれだけの地球に暮らす生命が不利益を被るか、
全然理解していないようだな」
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