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俺は目を逸らして呟く一路を見た。何で小声になってんだか、さっぱりわからない。
おでことおでこをこつんとくっつけて、一路の手に自分の手を重ねる。
一路の手は俺より少しだけ小さい。男の手だから別に柔らかいわけじゃないけど、俺はいつだって触れたくて仕方がないんだ。
「俺にはさ、一路のご飯が世界で一番美味しいよ。さっき、一路言ったよね。担当替え、あきらめてくれるんでしょ?」
一路は、ふぅと小さくため息をついた。
「⋯⋯皓太さんに言っておかないと」
──こうた?
一路の口から、男の名前が出たことに、俺は衝撃を受けた。
何? 誰なの、そいつ? しかも聞いたことがない名前なんだけど。
自分でもびっくりするぐらい低い声が出た。
「⋯⋯こうたって、誰?」
「え? ああ、うちの上司。もう、ここの担当替えの希望出しちゃったから、連絡入れないといけないんだ。来月から担当替えになる予定だったし。タカくん、ちょっとごめんね」
じっと一路の目を見ると、明らかに動揺している。こちらの顔色を窺うように、そっと俺の手を振りほどき、電話の為に立ち上がった。
翌日の昼休み。
弁当を広げた俺は、昨日から胸を占めている悩みを吐き出した。
「⋯⋯仕事先の上司を名前で呼ぶかどうか?」
顎に手を当てた佐藤が、首を傾げる。目の前の花井は大きな瞳をぱちぱちと瞬いた。
ちなみに、花井は俺が告白を断ってからも、うちのクラスで一緒に昼飯を食べている。
「まあ、普通は呼ばないと思うけどな。外資系ならあるって聞くけど、後は何か親しい間柄とか?」
「親しい?」
思わず声が大きくなる。俺の剣幕に、隣の佐藤の肩がびくりと跳ねた。
「し、親しいって言っても⋯⋯。そうだなあ。親戚とか、うーん、大学の先輩に当たるとか?」
「あ、ああ。そういうやつね⋯⋯」
思わずほっと息を吐いた。すると、目の前の花井が弁当の飾りのうずら卵を箸でぶすりと刺して、小さくため息をつく。
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