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花井が恐る恐る口に入れる。
「おいしい⋯⋯」
「そっか。よかった」
ぐすっと鼻水をすする音がする。隣の佐藤が、購買の焼きそばパンをかじりながら言う。
「俺は今日、家に弁当を忘れてきたってのに⋯⋯」
花井がそっと、自分のビニール袋から卵サンドを差し出した。
「よかったら、食べる?」
「サンキュウ⋯⋯」
「佐原さん、後で、お話があります」
夕方、いつものようにやってきた柳瀬さんが、静かに言った。食卓には、夕飯の支度が出来ている。
「は、はなし!?」
「まずは、お夕飯食べてからです。どうぞ、召し上がってください」
「は、はい。⋯⋯いただきます」
そんなことを言われたら、食欲なんて⋯⋯と言いたかったが、しっかり腹は減っていた。
さっきからずっと、部屋の中には美味しそうな香りが漂っている。
本日の夕飯は、パエリアだった。
好き嫌いはない方だがエビやカニ、貝はあまり食べない。前にそう言ったら、柳瀬さんは慌てて言った。
「アレルギーですか? 確か、事前のアンケートには書かれてなかったと思うんですが」
「いや、そんなんじゃなくて。殻ついてる奴は、食べるのがちょっと面倒で⋯⋯」
「えぇ⋯⋯。蓮みたい⋯⋯」
子猿と比べられて何だかムッとしていると、ふふ、と笑われた。
フライパンには、金色に染まった米がスープを吸って湯気を上げている。アサリ・ムール貝・いか・赤エビとパプリカを使ったパエリアだ。
コンソメにふわふわの卵を溶いたコーンスープ。
キャロットラぺにシーザーサラダ。
大きくちぎったレタスときゅうりの上には、クルトンとカリカリベーコンがたっぷり乗っている。
魚介の出汁がきいたパエリアは、海老や貝の身を外すのも嫌じゃなかった。
夢中になって食べる俺に微笑みながら、柳瀬さんは次々に出来上がった料理を冷蔵庫に入れていく。
「あああー! 美味しかった!! それで、話って何?」
リビングのソファーに向かい合って座った途端、柳瀬さんが真剣な表情になる。
少しためらった後に、柳瀬さんはきっぱりと言った。
「⋯⋯今月いっぱいで、佐原さんの担当を代えてもらおうと思っています」
俺は、思わずぽかんと口を開けてしまった。
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