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番外編 真夏の彼 ※
「え? 海?」
「そう、海。よかったら、一緒に行かない? 近場の海水浴場なんだけど」
「行く! 行きます! 行かせてください!!」
俺はもう、土下座してもいいぐらいの気持ちだった。
まじか⋯⋯。海だって? 海ってことはさ⋯⋯あの、その。
俺の頭の中には、どうしようもない妄想ばかりが浮かぶ。
海ってことは、水だ。当然、泳ぐだろう。泳ぐとなれば、身に付けるのは水着だ。みずぎ⋯⋯。
「⋯⋯今、何か変なこと考えてるでしょう?」
黒くて丸い瞳が、探るように俺を見る。一路が年齢よりもずっと幼く見えるのは、この大きな瞳のせいだと思う。
「⋯⋯へ? え? いや、その⋯⋯」
思わずにやけてしまう口元を押さえた。
「タカくん⋯⋯」
目が細くなる一路にへらりと笑いかける。だって、仕方ないじゃないか。お年頃なのだ。ようやく好きな相手と両想いになって、毎日、大好きな人のことで頭がいっぱいなんだ。そこに海なんかに誘われたらもう、それだけで体温が上がる。
俺の頭の中には、一路の白い肌しか浮かばなかった。それだけで自分が昂ってくるのがわかる。怪訝な顔つきの一路を抱きしめて、俺は思う存分、柔らかい唇を味わった。
待ちに待った日がやってきた。
ぎらぎらと照りつける太陽。雲一つなく広がる青空。潮風が海に来たのだという感慨を深くさせる。
例え、二人きりじゃなくても。お邪魔虫がいようとも、かまうものか。しかし、海水浴場の更衣室から出てきた一路を見て、俺は呆然とした。
「⋯⋯一路。その、みずぎ」
「うん? ああ、陽射しに弱くてすぐに真っ赤になっちゃうんだよね。だからいつも、これなんだ。タカくんのはサッパリしてていいね! 高校生って感じ!!」
向日葵のように明るい一路の笑顔が眩しい。しかし、そうじゃない。⋯⋯そうじゃないんだ。
俺は、裾にメーカーのロゴの入ったサーフパンツを履いていた。てっきり、一路も似たようなものだと思っていたのだ。
「らっしゅ⋯⋯がーど、だと?」
心に思った言葉がするりと口から零れ出た。
首から足のくるぶしまでを見事に覆う上下のラッシュガード。細身な一路の体は、陽射しから完全にガードされている。
真夏のイチャイチャ⋯⋯。いや、触れあいシーンが心の中でガラガラと崩れ落ちていく。
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