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「タカぁー!! ねえねえ、およげる?」
絶望に打ちひしがれた俺の耳に、子猿の叫び声がやかましい。
一路の末の弟、小3の蓮だ。
夜の公園で捕獲した後、時々スーパーや公園でばったり会うことがある。手を振ったり話したりしているうちに、いつの間にか俺は友だち認定されていたらしい。
「泳げる⋯⋯。体育は小学校の頃から何でも得意なんだ」
「すげぇ! オレ、泳ぐのだけは苦手なんだー」
「へー、地上では猿みたいなのにな⋯⋯。いてっ!!」
上の空で返事をしていると、脛を蹴られた。
「タカ、おまえ、子どもゴコロのわからねぇやつだな!」
⋯⋯子猿よ、お前にも繊細な高校生男子の嘆きはわかるまい。
「あっ! 蹴るのはダメだって! ごめんね、タカくん」
「蓮、つまんねぇことしてねえで、手伝え!」
いつのまにか、一路の隣には両手にクーラーボックスと巨大なランチボックスを抱えた男が立っている。一路のすぐ下の弟の耀二だ。
長身の耀二は薄手の白のジップパーカーを羽織り、下はサーフパンツ。焦げ茶のサングラスを着けている。見事な上腕二頭筋とシックスパックは、さっきから砂浜の女子たちの熱い視線を浴びていた。
イケメンは荷物をおろすと、俺たちに畳んだビニールと空気入れを渡した。
「えっと、これは⋯⋯」
「シャチと浮き輪だ」
「⋯⋯しゃち?」
「やったー! 耀にい!シャチだー!!」
「蓮、お前とタカの二人でやるんだ」
ええええ⋯⋯。
さっと視線を泳がせると、目が合った一路がにっこり笑う。
「タカくん、いつもありがと!」
俺は、ぶんぶんと首を縦に振った。
⋯⋯やります、やりますとも! シャチでも、クジラでもまかせろってんだ。
砂浜に座り込んで、早速、空気入れでビニールのシャチを膨らませ始めた。蓮は隣で、スイカ柄のビーチボールにフーフー息を吹き込んでいる。
シュカ! シュカ! シュカ!!
玩具みたいな空気入れを全力で動かす。見る間に、くたりとしていたビニールに空気が入り、もこもこと膨らんでいく。ぴん!とひれと尾を張った立派なシャチは全長2メートルってところだろうか。
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