番外編 真夏の彼 ※

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「いちろー!」  聞こえないのかな。なんの反応もない。 「い・ち・ろー!!」  潮風の中を走って行けば、やっぱり一路だ。 「ようやく見つけた」 「⋯⋯」  そっと手を握ろうとすると、ぷいと顔をそらす。 「いちろ⋯⋯どした?」  一路は、ぱしゃぱしゃと波を()って、先に歩き出す。  走って無理やり前に回ると、いきなりしゃがみこんで、手ですくった波をばしゃん!と頭からかけられた。 「ちょ! しょっっぱッ!!」  前髪からぽたぽたと潮水が零れ落ちる。  一路が、うつむいたまま叫ぶ。 「⋯⋯タカくんのバカ!」 「へ?」  ⋯⋯さっきも子猿に言われたよな。今日、バカって言われ続けてないか? 「いちろくーん?」  少し(かが)んで、一路の顔を両手で包みこむ。こつんとおでこを当てて、じっと目を見れば潤んでいる。 「⋯⋯何で泣いてんの?」 「泣いてない!」 「じゃ、なんで怒ってんの?」 「怒ってない!」 「じゃ、キスしてもいい?」 「⋯⋯」  明らかに怒ってるけど、返事がないから。  キスを、した。  俺の唇には、潮水がかかっていて。前髪からは、ぽたぽたと潮水が落ちてきて。  ⋯⋯思いきり塩辛いキスだった。  でも、一路の唇が柔らかいから。一路の舌だけがほんのり甘いから、俺は夢中になって、何度も何度もキスをする。  細い体をぎゅっと抱きしめれば、ふっと一路の体から力が抜けた。 「⋯⋯しょっぱいキスなんて、初めて」 「うん」  じっと見ると、一路の顔は真っ赤になっている。 「一路、大好き」  本当に、大好き。もう一度抱きしめて、耳元で何度も繰り返す。 「⋯⋯わ、わかったから」  俺の言葉を塞ぐように、一路からキスが返ってきた。
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