番外編 君に呼ばれて ※

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 折よくシンガポールに出張中の母から電話が来た。  窮状を訴えると、普段は何を決断するにもきっぱりとした母が、「あら⋯⋯」とか、「困ったわね⋯⋯」とか、何とも歯切れが悪い。 「なんだよ、母さん。サービス解約しても、俺はもう大丈夫だって!」 「うーん、こっちにもちょっと事情があってね」  何でも、料理代行サービス『心』の企画部長が母の友人なんだそうだ。先日やってきた、爽やかイケメン結城さんの上司ってことだろうか。母が代行サービスを頼んだのは、友人の応援とモニターの意味もあったらしい。 「大人の事情ってやつなんだけど、とりあえずモニター期間終了までは頼んでおきたいのよ。特別価格でお願いしてるしねえ」  ⋯⋯そうだったのか。結城さんが細かくアンケートを取っていったのは、そのせいもあったのかもしれない。  モニター期間は半年だと言う。止められないとなれば、後は続けるしかない。でも、俺は一路の作ったものしか食べたくないんだ。  ⋯⋯ここはやはり、情に訴えるべきなんじゃないだろうか。  一路は長子だ。責任感があって面倒見がいい。泣き落としと甘えの二段階が効きそうだ。  それからは忙しかった。  会うたびにお願いするのはもちろんのこと、宥めたり迫ったり、はては泣くふりまでして見せた。すぐにばれたけど。  粘り続けて二週間。 「タカくん⋯⋯。ほんと、普段はわりとおっとりしてるくせに、変なとこだけバイタリティに溢れてるよね」  二人で台所をピカピカに磨き上げた後、一路があきれ果てたような口ぶりで言った。 「変なとこじゃないし! 俺には死活問題だから!!」 「んんー⋯⋯」  一路は口元に細い指を持っていき、柔らかな唇に当てる。  俺は、そんな仕草にさえドキドキしてしまった。ほんの少しだけ開いた唇ってエロくない? ついつい、あれこれ余計な事を考えちゃうよね。 「そんなに⋯⋯、ぼくの作ったご飯がいい?」 「え? 当たり前ですけど?」  惚れた相手の手作り御飯が食べられる日々を、どうして手放すことが出来るだろうか。  
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