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「ごめん、お前の勝手に食べちゃって。花井も俺のラーメン食べて」
ラーメンを無理やり花井のトレイに置いて、割り箸を渡す。
花井は困った顔をしながら、いただきます、と手を合わせてラーメンを啜った。もっと食べてもいいのに、ささっと器を返してくる。もういいのか?と聞けば、ありがと、と小さく呟いて頷いた。
「好きなもの食べると元気になるよな。お前のクレープ、うまかった。ありがとう」
花井が、がぶりとクレープに齧りついた。きらきらした目をして食べるのを見て、俺もラーメンに取りかかった。麺を食べているときは話すな、と俺は母親から強く言われている。麺が伸びたら、折角の美味しさが失われてしまうからだ。一気に麺を啜り、スープを平らげる。黙々と食べて、ごちそうさま、と手を合わせる。
目を上げれば、食べ終わって体が温まったのか、花井は赤い顔をしていた。
自分と花井のトレイを重ねて、器を片付けようと立ち上がって歩き出す。すると、前に人が飛び出て来て、ぶつかりそうになった。
「うわっ!」
「失礼!」
何とか器を落とさずに済んだが、危ない所だった。食器を掴んだまま顔を上げると、スーツ姿の男が慌てて頭を下げてくる。
「すみません。大丈夫ですか? お子さんをよけようとしたら、よろけちゃって」
「皓太さん、大丈夫? ⋯⋯えっ? タカくん?」
男の後ろから聞きなれた声がして、大きな瞳がびっくりしたように俺を見る。
「⋯⋯一路?」
今、皓太って言った? この間聞いた名前だ。じゃあ、この男が上司なのか?
目の前に立つのは二十代後半ぐらいだろうか。すらりと背が高く、整った顔立ちの男だ。細身のスーツが良く似合っている。
一路が、スーツ姿の男の隣に立って、俺を見る。
「⋯⋯こちらは、いつも『心』を利用していただいてる佐原さんです」
「ああ、君が!」
男は、にっこりと微笑んだ。
「はじめまして。柳瀬くんから話は聞いています。『心』の大塚と申します。こんなところでお会いするとは」
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